ユニバーサル・ミュージアム ― さわる! “触”の大博覧会 直方巡回展2024
2024/07/06(土) 〜 2024/09/16(月)
直方谷尾美術館
2020/06/20 |
ARTNEでは、2020年5月21日に他界された福岡市の画家、菊畑茂久馬さんを追悼し、過去、菊畑さんが西日本新聞で執筆した書評や本についてのコラムを連載します。
【第2回】「作物」作り続け50年 油山の風土に抱かれて
夏目漱石は、生涯に一度だけ新聞に長編の美術批評を書いている。「夏目漱石・美術批評」(講談社文庫)である。
この中で漱石は、作品のことを「作物(さくぶつ)」と言っている。いかにも畠(はたけ)で採れた作物(さくもつ)のようで、とても好きな言葉だ。
油山の山麓に、小さなアトリエを建てたのは一九五八年二十三歳の時だった。日当たりのいい、小高い芋(いも)畠だったところで、電気も水道もなく、電柱を何本か立てて灯を燈(とも)した。水は井戸を掘ったが、きれいなおいしい水が出た。
アトリエの前は、遙(はる)か山裾(やますそ)まで渺々(びょうびょう)たる水田が広がり、空気は澄み、いつも爽(さわ)やかな風が渡っていた。田植え、稲刈り、脱穀と、自然の中で働く人や牛馬が、四季折々美しい彩りを見せていた。
私はヤギ、ニワトリ、ウサギ、ハト、イヌを飼い、生まれたばかりの子ヤギやヒヨコが遊ぶ春の日だまりで、ヤギの乳を絞り家中で飲んでいた。
この穏やかな風土に抱かれて、どこにも行かず、私もこつこつと「作物」を作り続けてきたわけだ。今年でもう五十年になる。今は稲田も消え、アトリエも人家に埋まってしまった。漱石が生きていたら、なんと言うだろう。(画家・菊畑茂久馬)
▼きくはた・もくま 画家。1935年、長崎市生まれ。57年-62年、前衛美術家集団「九州派」に参加。主要作品に「奴隷系図」「ルーレット」「天動説」の各シリーズ。97年に西日本文化賞、2004年に円空賞をそれぞれ受賞。「絵かきが語る近代美術」など著作も多い。2020年5月に他界。
=2008年3月30日西日本新聞朝刊に掲載=
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