松浦史料博物館開館70周年記念・九州国立博物館開館20周年記念特別展
平戸モノ語り ─松浦静山と熈の情熱
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九州国立博物館
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山出淳也 2021/03/16 |
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時を超えていく
物事は置かれる場所によって、その意味さえも変化する。
多くの人にとっての美術・芸術というものと、僕がイメージするアートは多分違っている。ずいぶん荒っぽい言い方だけど、今を生きるアーティストにとって唯一のすべきことは、「アートとは何か」を考え、提示することだ。
今から100年ほど前、マルセル・デュシャンという芸術家によって、新品の便器が展示室に持ち込まれた。彼の行為は、もちろん批判された。美術はこれまで創(つく)る技術とセットで考えられ、それは疑われることがなかったからだ。彼は、自らが作ることなく既製品を選び、異なる意味を与え、「神聖」とされてきた美術館に持ち込んだ。
それからずっと僕たちは悩み続けている。要するに、アートとは何かという定義が無くなったからだ。「アートが分からない」とよく言われる。僕もそうだ。だって、アーティストはこれまでの定義を壊し、新たな可能性を提示しようとするから。過去の常識に囚(とら)われた物差しで見ていても、変化する未来にはたどり着けないのだ。
2009年の『混浴温泉世界』の開催中、美術評論家の小倉正史さんは、サルキスさんの展示会場を運営した学生から、作品の意図が分からないと相談を受け、こう答えた。
「ここに何が置かれているかよく見てごらん。注意深く観察していると、何をどうやって配置しているかだんだん分かってくる。それらは全て、何らかの想(おも)いを込めてアーティストが用意した状況だ。その状況から心の中に何が芽生えるのか感じてごらん」
フェリックス・ゴンザレス=トレスというアーティストは、美術館になんの変哲もない、全く同じ時計を二つ並べた。それは同じ時を刻んでいる。しかし、僕たちは想像する。いつしか片方は電池の寿命が尽き、やがて時を刻むのをやめるだろうということを。アーティストのパートナーはエイズで亡くなった。本人もいくつかの作品を残しこの世を去った。多くの若者たちに観察することを説いた小倉さんも、今年旅立った。(やまいで・じゅんや=アーティスト、アートNPO代表。挿絵は鈴木ヒラクさん)
=(12月15日付西日本新聞朝刊に掲載)=
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