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遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<32> 【連載】再拡大の余波 令和のコロナ下で開く「平成美術」の回顧展

2021/01/29 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 ここ数年にわたって力を注ぎ、多くの困難を乗り越えながら企画・準備してきた展覧会が、直前に各地で発出された緊急事態宣言下での、まさかの開幕となった。昨年末から東京を中心に急激、かつ爆発的な様相となった新型コロナウイルス感染症の拡大の余波である。残念とか痛恨とかありきたりなことを言う前に、こんなことは前代未聞だろう。というのも、昨年春の第1次緊急事態宣言の際には美術館も一律に閉まったからで、その後、美術館での鑑賞リスクが比較的低いことがわかったことで、今回はなんとか漕(こ)ぎ着けることができた。だが、緊急事態宣言下で展覧会が開幕するという事態が極めて異例なのは、言うまでもない。いったい、これはめでたいことなのかどうか。それもよくわからない。

京都市京セラ美術館「平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ) 1989–2019」展示風景
Photo: Kioku Keizo

 もっとも、不幸中の幸いがなかったわけではない。会場となった京都市京セラ美術館は、大規模なリニューアルのうえ昨年、予定通りなら東京五輪の年となり、真新しいしつらえで世界中から多くの観光客を迎えて賑(にぎ)わうはずだった。ところが、柿(こけら)落としの企画展は内覧会だけ大幅に縮小して開催したものの、翌日から臨時休館となり、当初その後に予定されていた二つの展覧会も無期限で延期された。そのため不測にも年間計画に余裕ができ、昨年の暮れのうちにほとんどの準備を済ませることができたのだ。もしこれが緊急事態宣言下の設営となったら、アーティストはもちろん、設営業者やスタッフの移動や作業に大幅な支障が出ていたはずだ。どうなっていたかは、まったくわからない。

 もっとも、開くには開いたものの、本展「平成美術 うたかたと瓦礫(デブリ) 1989―2019」のセレモニーはすべて中止となり、内覧会では東京などから移動する多くの参加アーティストを招くことができなくなった。私はと言えば、やはり感染者が増え続ける東京から向かうため、念のためPCR検査を受けての監修業務となった。まさか、到着後のホテルで検査のための唾液を採取することから展示業務が始まるとは、かつてなら夢だに思わなかった。

 併せて、平成期の日本の現代美術を回顧するという、本来ならできる限り多くの人に来場してほしい機会にもかかわらず、府境をまたぐ移動には十分留意するよう注意が喚起された。京都府民限定の展覧会というわけではないが、平成美術の総括を府民だけで行うわけにもいくまい。だが、緊急事態宣言そのものがいつまで続くのかも、その基準がなんなのかも、現時点ではよくわかっていない。このように、なにからなにまで異例なのが、緊急事態宣言下での展覧会なのだ。

 私ごとになるが、これまでも企画した展覧会の会期中に阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件が起こり、開催直前に付近の自治体に所在する核燃料製造工場内でにわかに核分裂反応が起こる臨界事故があり、一時は開幕が危ぶまれることがあった。展覧会ではないが、何年も費やして書き上げた単行本が、刊行直後に版元倒産に見舞われたこともあった。けれども、今回は世界規模であり、スケールが桁違いである。そのうえでなお、平成の美術の回顧が令和のコロナ禍に直撃されるというのは、いったいどのようなことなのだろう。会場内は平成で満ち溢(あふ)れていても、出口から一歩外に出ればそこは令和のパンデミック下だ。両者を遮るのは、いったいなんなのか。そのことの意味について考えている。(椹木野衣)

=(1月28日付西日本新聞朝刊に掲載)=



椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。

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