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遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<28> 【連載】さどの島銀河芸術祭㊦ 幕末に大流行したコレラ 体制不安定化と関係は?

2020/11/21 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 東日本大震災以降、大規模な災害の発生と文化とのあいだには、切り離せない関係があるのではないかと、以前にも増して強く感じるようになった。人は人知を超えた自然の猛威によって突如、親しい人を奪われたり、家を失ったりすれば、長く鎮魂や慰霊の気持ちを持ち続け、いつか訪れる帰郷の時をこいねがうだろう。どんなに文明が発達しても、科学技術が進歩しても、そうした気持ちには、いにしえからさしたる違いがないはずだ。

 祈りにも似た感情が、宗教の発生に深く関与したのは容易に想像がつく。だが、芸術もそうではないのか。やり場のない気持ちを心のなかで際限なく反芻(はんすう)するのに耐えられず、思わず手が動き、なにかを描き、あるいは削り、それが場面(絵画)となり、かたち(彫刻)と化すという成り立ちに、さほどの無理があるとは思えない。

 たとえば、幕末の安政期に一種、異様とも呼べる五百羅漢図を残した狩野一信が生きた時代は、巨大な地震が日本各地を立て続けに襲っていた。実際、1855(安政2)年に起き、多大な犠牲を出した安政江戸地震の様子を、一信は身の毛もよだつような筆致で描いている。両者のあいだには強い結びつきがあるのだ。増上寺に長く秘蔵されていたこの五百羅漢図の全百幅が初公開されたのが、奇(く)しくも東日本大震災の年に当たっていたというのは、なんという歴史の巡り合わせだろう。

 もしそうなら、疫病の大流行にも同様のことが言えるかもしれない。今回のコロナ禍まで私は気がつけずにいたが、安政のこの時期は、日本で初めてコレラが大流行を繰り返すようになった時期でもあったのだ。

幕末、松下村塾で維新の志士を育てた吉田松陰が獄中から兄宛に長州藩内でも流行したコレラについて報告した書簡。今年、山口県萩市の萩博物館で初公開された

 コレラは19世紀に列強の地球規模の勢力拡大によって、インドの風土病が世界へと拡大したと考えられている。江戸で大規模に流行したのは大地震の3年後の1858(安政5)年で、犠牲者は最低でも10万人はくだらないと言われている。実際、浮世絵師の歌川広重もこの年にコレラで命を落としている。

 同年は安政の5カ国条約が結ばれた年としても記憶される。以後、開国の機運が一気に進むと、コレラはこの極東の島国でもたびたび猛威を振るうようになる。グローバリズムの拡大が新型コロナウイルスのパンデミックに拍車をかけたのと、図式としては変わらない。その後、訪れた大政奉還は、政治的な外圧だけでなく、こうした災害や疫病による体制の不安定化とも関係があるだろう。排外的機運を高めた攘夷(じょうい)思想は、海外からもたらされたコレラへの嫌悪とも連動していたのだ。

 だが、コレラが大流行したのは、江戸のような巨大な天下の街だけではなかった。無差別なウイルスは、本土から遠く離島にまで、その傷痕をしっかりと残していた。国際芸術祭の試行が始まってから、私が佐渡を繰り返し訪れるようになったのは、前回触れた通りだが、その佐渡でも、コレラは大きな犠牲を出していた。史跡として有名な佐渡金山の山深く、ふだんは足を踏み入れない場所に、1879(明治12)年に出た多くの犠牲者を供養するため、コレラ供養塔(通称、コレラ地蔵)の石積みが立つことを知ったのは、つい最近のことだ。内部には地蔵が佇(たたず)み、柔和な表情で手を合わせているという。いつか、私はその地を訪ねることができるだろうか。(椹木野衣)

=(11月19日付西日本新聞朝刊に掲載)=


椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。

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