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遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<31> 【連載】SFの想像力  「宇宙戦争」の「火星人」 科学技術過信した人類か

2021/01/18 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 本連載の昨年最後の文を書いたのは12月の中旬だが、当時はまだ、それから1カ月を待たずに東京を中心に感染者が爆発的に増え、首都圏などに緊急事態宣言が発出されるとは、まったく考えていなかった。私は東京に住んでいるけれども、クリスマスを控えて街は混み合い、飲食はどこもにぎやかで、食事の直前までマスクをしていることを除けば、率直に云ってあまり代わり映えしない年の瀬だったように思う。

 衝撃は大みそかにやってきた。一日に記録した東京での感染者数が一気に1300人を超えたのだ。その大半が感染経路不明で、もはや市中感染はあきらかだった。年始からの病床の逼迫(ひっぱく)も避けられない。感染力が強いウイルスの変異も世界各地で確認されている。もはや、いつ誰が発症してもまったく不思議ではない。前日までとは打って変わり新しい年を迎える気持ちに陰りが差した。

 あらためて思うのは、ウイルスという存在のわけのわからなさだ。生物でもないのに増殖するのは、それが種の保存でないのだとしたら、いったいなんのためなのだろう。いや、目的という人間的な概念で捉えるのが、そもそものまちがいかもしれない。文明や歴史でなく、地球次元の長い時の経過で考えれば、人間が主(あるじ)のように振る舞っている時期はほんの一時のことで、事実、恐竜は滅んでいる。人類にそれが起こらない保証はない。

 知性にとってのこうした未知の領域を想像力で補ってきたのは、文学というよりSFの世界だろう。正月の短い休みにスピルバーグ監督の「宇宙戦争」を見た。2005年の映画だが、もとは19世紀末に発表されたH・G・ウェルズによるSFで、恐るべき兵器で突如の殲滅(せんめつ)戦を仕掛けてきた火星人に対し、人類はまったくの無力にすぎない。1938年にオーソン・ウェルズがラジオ・ドラマとしてプロデュースした際には、全米でパニックが起きたとされている。

H・G・ウェルズ「宇宙戦争」(中村融訳、東京創元社の創元SF文庫版)

 もっとも、翌39年に第2次世界大戦が勃発(ぼっぱつ)したことを思うと、その心理には宇宙戦争というより具体的なナチスの脅威があったかもしれない。未知の兵器を開発し、第三帝国による人類の支配を企てる点でも「宇宙戦争」との接点があった。実際、スピルバーグの映画でも、ホロコーストを思わせる場面が随所に盛り込まれている。

 だが、予想不可能な変異を繰り返し、地球の全域で猛威を振るう新型コロナウイルス感染症によるパンデミック下でこの映画を見ると、別の観点が見えてくる。原作で火星人を退治するのは文明の利器としての武力ではなく、人類と違い火星人が免疫を持たなかったため避け難く致死をもたらした風邪によるもので、つまりは目に見えない病原体(ウイルス?)が人類を救ったのだ。

 地球という生態系のまさしく盲点をつくウェルズならではの設定だが、現況下では科学技術に頼り切り、人類を一方的に支配しようとした火星人のほうが人類に見えてくる。事実、人類はこのところ新しい技術を拠(よ)りどころに文明を加速化し、地球を隅々まで切り開いてきた。多くの動物が住処(すみか)を失い、森が焼き払われる代償に、人類はかつてない利便性を得た。その様は、まさに地球の主のようだ。

 だがいま、そのことで姿をあらわした未知のウイルスによる「風邪」には、まったくの無力だ。ウェルズの「火星人」は、もしかすると人類のことだったのではなかろうか。(椹木野衣)

=(1月14日付西日本新聞朝刊に掲載)=

 

椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。

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