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遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<39> 【連載】空気の欠乏事態 愛情表現か命の争奪か 「キス」が抱える矛盾

2021/06/21 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 東京と大阪、京都、兵庫に5月11日まで出されていた緊急事態宣言の月末までの延長が決まり、新たにここに愛知県、福岡県も加わった。先の4都府県では、年初の2度目の緊急事態宣言でも閉まらなかった美術館が、去年の春に続き再びしまっている。

 もともと美術館は劇場やコンサートホール、映画館のような座席があるわけではなく、注意深く距離をあければ、人と人との接触機会はほとんどない。それでも念を入れて閉めるのは、結局、空間を共有しているからにほかならない。空間を共有しているということはつまり、煎じ詰めれば同じ空気を吸っている、ということに行きつく。

 そうして考えてみたとき、コロナ禍とは言い換えれば空気の汚染ということになる。呼吸のため肺に取り入れる空気に有毒な成分(ウイルス)が含まれているのだから、大気汚染と言ってもいいかもしれない。

 もちろん、一般に大気汚染と言うときには、工場からの煤煙(ばいえん)などの人為的な公害のたぐいを指す。コロナ禍を公害と呼ぶのは馴染(なじ)まないし、公害という言葉自体が今ではもうあまり聞かれない。しかし、もしコロナ禍がグローバル化した世界での乱開発に原因があるなら、あえて「公害」と呼んでも差し支えないのではないか。人が空気を共有することの困難が生まれつつあるのだ。

 そんなことを考えたのは、変異ウイルスによる感染爆発が破局的な状況をもたらしているインドで、酸素ボンベの不足による「空気」の争奪戦が繰り広げられている様子を見たからだ。本来、水と並んで(水以上に)空気は、人が生命を維持するための死活線にあり、値のつかない平等な付与物だった。ところがいつの頃からだろう。水はペットボトルに詰められ売り買いされるものとなった。コーラやジュースしか売っていなかった子供の頃の自分が聞いたら、きっと嘘(うそ)だと思うだろう。資本主義は水さえ商品に変えてしまった。というより、水くらいしか売るものがなくなった、と言ってもいい。

 ならば、いつ空気がそうなってもおかしくなかった。コロナ禍でのインドの事例や、医療現場での人工呼吸器の逼迫(ひっぱく)は、とうとう空気にさえ値段がつき、配給に深刻な欠乏が生じる事態が生まれたことを意味する。比較的安全とされた美術館でさえ閉まるのも、詰まるところは空気の希少性の問題なのだ。

BUoYフェスティバル プロローグ公演#2「キス」
(飴屋法水×山川冬樹、2021年4月17~20日)より

 4月の末に東京、北千住のBUoYで飴屋法水、山川冬樹の2人によって持たれた演劇的コラボレーション「キス」は、コロナ禍で有限となってしまった空気と呼吸の争奪について、生身の身体の接触を通じ、正面から扱うものだった。それは具体的にはタイトルの「キス」に象徴される。

 欧米で当初、感染の拡大に繋(つな)がったとされるキスの習慣は、もとは人間の愛情の表現だ。だが、同時にキスはたがいの呼吸を一時止めて息を求め合う空気の「争奪」でもある。大袈裟(おおげさ)に言えば命を懸けた愛情表現であり、だからこそ揺るがない「信頼」を前提とする。キスという行為が抱えるこの矛盾を、2人は大気汚染から息を守るための防護マスクをたがいに繋げて着用し、呼吸困難の一歩手前で共有する。そして最後にはキスそのものという直接的な行為へと上り詰めるのだ。

 そのとき、果たしてキスは愛情の表現だろうか。それとも命の奪い合いだろうか。(椹木野衣)

=(5月13日付西日本新聞朝刊に掲載)=

 

椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。

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