江口寿史展
EGUCHI in ASIA
2024/11/09(土) 〜 2025/01/12(日)
福岡アジア美術館
2021/04/16 |
新年早々に発出された緊急事態宣言の全面解除後、今月に入り、一日あたりの感染者数で大阪が東京を上回るなど、第4波と思(おぼ)しき感染の再拡大が見られている。前にも書いたが、一年の推移が情緒豊かな春夏秋冬ではなく、増減する感染者数の波で測られるような心理的圧迫がもう、かれこれ一年にわたって続いている。例年より開花の早かった桜も、ゆっくり愛(め)でるまもなく、気がつけばマスク越しにすっかり散ってしまった。
それに加え、全国の各所で新型コロナウイルスの変異株が次々に検出されている。新型コロナウイルス感染症をめぐる局面は、ここに来て、単一のウイルスの感染拡大から、急激に未知の変異をめぐる挙動と再拡大への不安に移ったと言えるだろう。これについては前回にも触れた通り、変異の「大ヒット」が出ないことを祈るばかりである。
それにしても、手を替え品を替え新たな変異を繰り出す新型コロナウイルスのことを、変異株とはよく言ったものだ。グローバル資本主義とパンデミックとの類縁性については、これまで書いてきた通りだが、ウイルスを「株」と呼ぶこと自体、なにかたちの悪い冗談のようで、同時に両者の通底をひそかに暗示しているかのようではないか。
このことひとつとっても改めて感じるのは、私たちは新型コロナウイルスについて、そもそも言葉のレベルで手に扱いかねているのではないか。パンデミックが宣言された頃、この未知のウイルスの挙動と対策について、ネットのなかで多種多様な情報が膨大に拡散され、その弊害について「インフォデミック(偽情報の爆発的拡大)」と呼ばれる現象が起きた。だが思うのは、インフォデミックなどと言う聴き慣れぬ言葉がにわかに登場して事態を収めようとすること自体が、あえて言えばインフォデミックの顕著な現れなのではないか。
振り返れば、この疫病は当初「新型肺炎」と端的に呼ばれていた。それが正確さを期して「新型コロナウイルス感染症」と呼ばれるようになった。欧米で一般的な「COVID―19」を好んで使う向きもある。つまり、これだけの出来事にもかかわらず、いまだに名称が統一されていない。加えて、ここにきて新型コロナの変異株などという一瞬頭をひねる呼び名が使われ始めた。その変異も英国型、南アフリカ型、ブラジル型など増える一方である。感染拡大防止対策も、「緊急事態宣言」が解除されたと思えば「まん延防止等重点措置」が適用される。そういえば「東京アラート」などというのもあった。ふたたび経済に倣えば、言葉のインフレが起きているのだ。
ここから私が想起するのは、東日本大震災でひどく放射能汚染された地域が、当初「警戒区域」「計画的避難区域」「緊急時避難準備区域」に分けられ、その後「帰還困難区域」「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」へと推移し、現在では帰還困難区域の中に「特定復興再生拠点区域」が生まれているような、直感的な理解が極めて困難な言葉の使い方だ。これらはインフォデミックとは異なり、いずれも国が公式に定義したものだ。が、正確さを期すあまり、結果的に概念上の混乱に陥っていはしないか。
原発事故の時のベント、シーベルト、除染などがそうであったように、新型コロナのパンデミックでも、クラスター、PCR検査、3密などの新奇な言葉が、まるでウイルスのように飛び交い、変異を繰り返し、理解を撹乱(かくらん)し、まん延し続けている。(椹木野衣)
=(4月8日西日本新聞朝刊に掲載)=
椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。
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