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遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<38> 【連載】生死との距離 いかに埋めるのか 迫られる態度変更

2021/06/15 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 話題の矛先が変わるようだが、先日、家族が都内の病院で手術を行った。急ぐ手術ではなかったので、昨年春先のコロナ患者の急増で、その病院も都の要請で受け入れに協力をすることとなり、身内の手術は不要不急とみなされたのか、当面延期となった。報道などで聞いていたものの、なるほどこうして医療体制に具体的な影響が出てくるのかと、目の当たりにした気がした。しかし、できるだけ早く手術を済ませたいというのは、当人も家族も同じ思いだった。

 それが先日、東京でも緊急事態宣言が解除されたのを機に、やはりこの間に行ったほうがよいだろう、次にまん延が拡大したらまたいつになるかわからない(先頃、都内にもまん延防止重点措置が出され、実際にそうなりつつあるわけだが)、ということになり、予定通り施術することになった。急ぐ手術でないと書いたが、特に難易度が高いわけではなくても、終わってみれば4時間半を越す長丁場となった。問題なく終えて、術後も良好でほっと胸を撫(な)で下ろしている。

 だが、コロナ禍での手術が通常とは大きく異なることは、立ち会って初めて身に染みた。入院までの手続きは、時節柄PCR検査で陰性であることが必要なのは当然として、その後は、お見舞いのために部屋を訪ねることも、差し入れをすることも、肝心の手術の送り出しの際に手を握ってあげることもできない。言うまでもなく感染リスクがあるからだ。せめて笑顔で見守ろうにも、顔はマスクで覆われている。少し離れた場所から見送るだけである。これは手術を終えたあとも同様で、LINEのようなSNSがあって本当に助かったと実感した。

 私の身内の場合は深刻な入院ではなかったから、さしたることもなかったが、それでもこんな状態、こういう心理になるのだと自分ごととしてわかった。深刻な入院でなくてもこうなのだ。重篤なコロナ発症のような場合、ましてや不幸にも亡くなってしまうようなことがあったら、心の張り裂ける思いはいかほどのことだろう。

 この連載では、長く感染症と文化のことについて、歴史的にも批評的にも常に俯瞰(ふかん)しながら一定の距離をとって書いてきた。だが、当事者との間に感染防止対策のための物理的な「距離」をとらなければならない現在の状況は、そうした立ち位置からだけでは理解できないものがたくさんある。

 おそらくそれは、病や人の死、そしてその人たちとともにあること、さらには欠くことのできない弔いに至るまで、人が人である限り避けられない行いや節目についての感覚を大きく疎外し、変更を迫る。

 人は病や死に直面したとき、できうる限りその間近に居て、共有できない宿命をなんとかして共にしようとする。むろん、どんなに身を寄せても埋め合わせできない場合は多々あるだろう。だが、コロナ禍では、近づこうとすればするほど、両者を隔てるための様々な対策、工夫のほうが前面化する。

 だが、煎じ詰めれば、病や生と死との距離をいかに埋めるかこそが、いにしえに宗教や芸術が発生した源泉なのではなかったか。もしそうなら、グローバル時代に活力を得て躍進し、いまいる場所からできるだけ遠く遠方に能率よく移動してきた美術やアートは、その根本で「距離」をめぐる大きな態度の変更を迫られている。(椹木野衣)

=(4月22日付西日本新聞朝刊に掲載)=

 

椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。

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