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遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<35> 【連載】東日本大震災10年 終わりのない事前性 「本震」とは何か?

2021/03/16 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 本日、3月11日は東日本大震災からちょうど10年の節目にあたる。3月に入ってから例年にも増してあの震災を振り返る企画を各種メディアで目にしたのは、そのためだった。とはいえ、あれほどの規模となる未曽有の出来事に対して、10年というのは地質学的に言えばほんの一瞬にも満たない間隔で、事実、先月の13日に福島県沖で起き、内陸部で震度6強の大きな揺れを観測したマグニチュード7・3の地震は、気象庁の発表によると東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震(マグニチュード9・0)が残した余震なのだという。

 これには少なからず驚かされた。10年を振り返る準備がようやくなされようとする最中、いきなりそうした時の経過を無化する「余震」が起きたことになる。しかも同規模の余震は今後も十分に警戒する必要があるらしい。人の生きる時間と地球が宿す時間とのギャップを、有無を言わせず突き付けられる出来事であった。依然、私たちは時の経過とは無縁に、いつ何時起きてもわからない余震に対する「事前」にいるのだ。防災や減災はむろん大事だが、そうした既存の言葉は、そうした終わりのない事前性をどこかでぼかしてしまう気がする。

 ところで3月11日は、偶然にもWHO=世界保健機関が新型コロナウイルス感染の世界的大流行=パンデミックを宣言してからちょうど1年の日にもあたっている。私たちはいまだ3・11の余震がはびこる日々を、密を避け、手指を消毒し、感染症拡大防止のためのマスク姿で迎えることになったのだ。3月11日がこのような二つの意味を持つ日付であることについて、昨年のパンデミック宣言の直後に聞いた覚えがない。当時は日本全国に第1次緊急事態宣言が発出される前であったし、まだどこか人ごと、他所ごととして捉えていたのかもしれない。

 けれどもそれから1年が経(た)ったいま、街行く人でマスクをつけていない人を見つけるのは難しい。東日本大震災は直後から福島第1原子力発電所の大規模な放射能漏れ事故を引き起こしたから、当時もマスクを欠かさず着用する人は東京でも少なからずいた。確かに放射能もウイルスも目に見えない。未然に防ぐにはマスクを常時着用するに越したことはない。しかし、マスクをめぐる機能はいま、その表と裏(放射性物質を吸い込まない/新型ウイルスを吐き出さない)で大きく変わってしまった。世界はわずか1年のあいだで決定的に違う局面に入ってしまったのだ。

 余震といえば、新型コロナウイルス感染症の世界的な大流行を、平成の時代に急激に加速したグローバリズムの「余震」として位置付けられるかもしれない。新型ウイルスによるあっというまの人類=地球規模の感染拡大は、昭和の時代では想像もできなかったヒトやモノの大規模かつカジュアルな移動に多くを負っていた。実際、WHOは2009年に発生した新型インフルエンザに対して、すでにパンデミックという言葉を使っている。今回のパンデミックも、そのようなグローバリズムが続く限り、いつどこで起きてもまったく不思議ではなかった。その意味では、グローバリズムの余波であり、余震と呼ぶことができる。だが本当の問題は、地震にせよ感染症にせよ、つねに「事前」に置かれた私たちにとっての「本震」がいったいなんなのか、もうわからなくなってしまっていることかもしれない。(椹木野衣)

=(3月11日西日本新聞朝刊に掲載)=



椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。

 

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