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遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<46> 【連載】芸術祭の行方 長期に日常の垣根を外す 「動員」と異なるあり方

2021/09/14 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 緊急事態宣言下で開かれた「TOKYO2020」は、コロナ変異株が全国で猛威を振るうなか、気がつくと終幕を迎えていた。というのも、本連載の前回で「TOKYO2020」が一種のパラレル・ワールドとして公式に語られていることについて触れたとおり、実際にそうであったかは別にしても、街を歩いていても、世紀の祭典と呼んでいい「TOKYO2020」が、たったいま、ここ首都東京で開かれているという実感が、ほとんどなかったからだ。無観客のまま実況されるテレビのなかにだけ、それはあった。本当にそれは、スタジアムというよりは巨大なスタジオに見えた。

 そうなのだ。コロナ禍の世界とは、言ってみれば、すべての場所がウイルスを遮るため、無観客のひとりスタジオ化する社会と考えることができる。パンデミック以降、世界の各所は実際に足を踏み入れて実感する場所ではなく、実況や収録によって遠隔から届けられる映像や情報に縮減された。いや、ユーチューバーの隆盛にあらわなように、このメディア社会では、もう遥(はる)か以前からそうだったとも言えるのだが、行こうと思えば行ける場所を「見る」ことと、容易には行けない場所を「視(み)る」だけなのとでは、雲泥の差がある。私たちはまさに、各人が実況や収録のためのスタジオに「遮られる世界」に閉じ込められることになったのだ。

 このような状況下、日本で平成の時代のアートを牽引してきた「国際芸術祭」が、大きな困難に突き当たっていることについては、以前から触れてきた。どんなに規模が大きくても、単館での美術館での展覧会と異なり、芸術祭では街そのものがまるごとアートの舞台となる。名所の観光や街角での飲食、予期せぬ他者との出会いは、すべて芸術祭にとって欠かせない魅力であった。実況や中継では、絶対に届かない一回性の体験こそ、芸術祭があれほどまでに活性化した理由であった。しかし、そのことごとくが現在ではウイルス感染のハイリスクに置き換えられている。芸術の秋でもあり、旅にもっとも適した時期といえる秋は、芸術祭の季節でもある。そこには、いったいどのような手立てがあるのだろうか。

 8月初旬に宮城県石巻市を中心に開幕した「リボーンアート・フェスティバル2021―22」は、その先陣を切る芸術祭と言える。私も先んじてもたれたプレス・ツアーに感染の陰性結果を手に参加してきた。その内容に詳しく立ち入る余裕はないが、本フェスティバルはもともと、東日本大震災の被災地である石巻の市街地と、その先に延びる牡鹿半島の森から浜に至るまでの広域が舞台となっており、今回はここに女川駅の周辺が加わっている。いまだ復興の途上にあり、地理的にも密になる恐れが抑えられているだけでなく、タイトルにあるとおり、今回では会期が大きくふたつに分けられ、後半は来年の春にまで及んでいる。

「リボーンアート・フェスティバル2021-22」で、石巻市の石ノ森萬画館の白い外壁をライトアップした美術家髙橋匡太さんの作品「光の贈り物」(2021)
photo by Taichi Saito

 もともと、フェスティバル(祝祭)といっても芸術祭の会期は数カ月にわたるなど長い。むしろ、芸術祭の本領は日常の隅々にまでアートを忍ばせ、「動員」とは異なるかたちで人を動かし、そのことで地域での新しい生活のあり方を示すことにあった。それをさらに長期に及ばせ、日常との垣根を外していくのは、今後の芸術祭のスタンダードになっていくかもしれない。(椹木野衣)

=(9月9日付西日本新聞朝刊に掲載)=

 

椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。

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