江口寿史展
EGUCHI in ASIA
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福岡アジア美術館
2021/10/05 |
全国の都市圏を中心に爆発的な感染拡大に歯止めがかからなかった新型コロナ感染者数も、ここにきてだいぶ落ち着きを見せてきた。医療の逼迫(ひっぱく)などを考えればむろん、まだまだ安心できる状況にはない。秋から冬にかけての再拡大の懸念もある。さらに新たな変異株の矢継ぎ早な登場も大きな脅威だ。
こうした変異株の未知の特性も気になるところだが、それとは別にこの場で考えたいのは、変異株の呼び名が次々に増えすぎて、専門家でもない限り、しっかりと区別して把握するのが難しくなってきていることだ。
アルファ、ベータ、ガンマ株など、比較的馴染(なじ)みのある名称で呼ばれていた頃はまだよかった。それが猛威を振るったデルタ株あたりからあやしくなり始め、WHOによる先の4種の「懸念される変異株」のほかに、現時点で「注目すべき変異株」として、すでにイータ、イオタ、カッパ、ラムダ、ミュー株が9月4日時点で指定されている。
これらは当初、「英国株」「インド株」のように、最初に感染拡大した国名を冠に呼ばれていた。が、発生の由来を個別の国に求める実証は困難で、また特定の国への偏見を招くため採用されるようになった。
実際、20世紀初頭に世界を席巻した「スペイン風邪」はスペインから発生したわけではなく、第1次世界大戦で中立的な立場にあったため報道の自由があり、そのことで最初にまん延が伝えられたのがきっかけだった。すでに歴史的な固有名詞と化していて修正は難しいが、実に不名誉なことと言うしかない。これに対し、アルファ、ベータなどの呼び名の語源は24個のギリシャ文字で、それぞれが英単語でのアルファベットに対応している。
「懸念」や「注目」に指定されなかったため、先には触れなかったが、実はすでにイプシロン、ゼータ、シータも使用済みなのだ。ということは、すでに全体のうちの12番目、つまり半分までを使ってしまっていることになる。このあとニュー、クシー、オミクロンなどが控えるが、残すところ12種類しかない。これらを使い切ってしまったら、次はどんな呼び名が出てくるのだろう。
ここで思い出すのは、かつて20世紀を代表するアメリカの前衛小説家、ウィリアム・S・バロウズが、「言語は宇宙からのウイルスだ」と唱えていたことだ。
バロウズによれば、人間は言語を自在に活用しているようでいて、実際には「言語」というウイルスに感染して思考を乗っ取られており、そこから抜け出すためには、言語の特性である意味や概念、文法から自由にならなければならない。そのために彼が小説を書くために活用したのが、既存の文章を切り刻んだり、折り畳んだりして配置し直す、カットアップやフォールドインと呼ばれる手法であった。
バロウズの唱えるように言語がウイルスかどうかはさておき、際限なく増え続ける新型コロナ変異株と、そのための名付けの記号的なインフレーションを見ていると、ウイルスの変異の脅威が実際の毒性だけではなく、人間が使う言語の混乱を引き起こし始めているように思えてならない。
そもそも、こうした一方的な呼び名の増長は、ウイルスの変異という本来が非言語的な性質を、言語の特性である概念や記号によって整理しようとすることから来ている。それはそれで必要なことだろうが、そのことの「副反応」が、そろそろ起き始めてはいないだろうか。(椹木野衣)
=(9月23日付西日本新聞朝刊に掲載)=
椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。
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