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「九州洋画Ⅱ:大地の力」展に寄せて【学芸員コラム】  第4回「画家の原風景」

2021/11/21 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 久留米市美術館では、開館5周年記念展「九州洋画Ⅱ:大地の力-Black Spirytus」を開催中です。多彩で魅力的な「九州の洋画」を支えた地域の特長や、世代をこえたつながりについて、あれこれと思いをめぐらせる展覧会です。
 
 久留米市美術館の方々から、数回にわたって紹介していただきます。

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 宇治山哲平が生まれた日田は、筑後川の上流である三隈川が流れる盆地。ここに山で冷やされた空気が溜まることで「日田の底霧」と呼ばれる濃霧が発生します。宇治山はこの霧を自らの絵画の源だと語りました。

展示風景
宇治山哲平《森の怪》1960年 日田市

 1910年に日田で生まれた宇治山は、独学で木版画を学びながら日田工芸学校で蒔絵技術を習得しました。後に油彩画に転向し、1953年に奈良県の天理にアトリエを構えたころから画風は抽象画に傾きはじめ、やがて壁画のような画肌を獲得するに至ります。九州に戻るのは、大分県立芸術短期大学(現・大分県立芸術文化短期大学)の教授に就任した1961年のこと。そして、その翌年からは「絵とは何か」を自問して〇△□といった明快なかたちで構成する「絵画シリーズ」に着手します。

宇治山哲平《童》1972年 大分県立美術館

 「九州洋画:大地の力」で展示している《童》を描いたのは、それから約10年後の1972年でした。この頃から宇治山は、乳白色の色面が画面の大部分を占めて、その中に鮮麗な形が散らばる「王朝」シリーズをはじめます。この「王朝」シリーズについて画家は「私の郷土日田盆地に立ち込める底霧。その幽遠、清澄な美しさが着想の基」にあり、平安時代の優麗で情感あふれる仏画や絵巻物のイメージを組み合わせて簡潔で優雅な世界を描こうとしたといいます。その後も折に触れて自身の作品と故郷日田の霧について語った宇治山。霧に包まれた幻想的な光景は、画家の原風景として深く心に刻まれていたのでしょう。

 同じように「自分が生れ、住んでいるところから出てくるものを描くほかに、自分の表現は成り立たない」と語り、自身の原風景を描き続けたのは坂本善三でした。

 坂本の生まれは、杉が名産の小国町。坂本自身も「目を閉じればいつも、杉の中の山野をかけめぐっていた幼時の私の姿が浮かんでくる」といい、県下最大級の大杉である阿弥陀杉の写生に取り組んだ際は「とてもかなわなかった」という話も残っています。故郷の杉林は、間違いなく画家の原風景でした。

坂本善三《空間へ》1978年 坂本善三美術館

 《空間へ》は、グレーの背景にいくつもの直線が並び、微妙な色彩のニュアンスによって、奥行きのある絵画空間を構築している作品です。限られた色彩とシンプルな構図が生み出す緊張感によって、綿密に計算された抽象絵画に見えますが、先に引用した画家の言葉に耳を傾けながら作品に対峙すると、背景に溶け込むように消えかかった部分や、遠くにかすむ直線などが、朝霧に包まれた小国の杉林にも見えてきます。

坂本善三《阿蘇外輪山》1960年代 坂本善三美術館

  1960年頃から抽象絵画の制作が増えていった坂本。この頃は《阿蘇外輪山》のように、具体的な事物の形を連想することができる「半抽象画」ともいえるような作品も描いていましたが、その造形は次第に洗練されていき、《空間へ》を描いた1978年頃には、具象的なイメージがほとんど画面から消え去り、線や色、形といった造形的要素のみで成立させている作品が大半を占めるようになります。「空間は描写するものではなく、造られるものであって、私どもは常に新しい空間を探し求めている。私の場合、空間は『思念』の世界であって、形に現れた部分と等価値に置く場合が、しばしばである」(スズカワ画廊個展パンフレット、1969年)という坂本の言葉は、この頃の画家の制作姿勢を示しています。

 それでも、坂本の作品にどこか懐かしいような感覚を見出すのは、上にあげた言葉の通り、彼が描く直線や曲線、制限された色彩など、作品を構成するすべての要素が、坂本の過ごした小国や阿蘇のイメージから出発しているからなのでしょう。

(久留米市美術館 森智志)

※第5回につづきます

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