開館5周年記念
九州洋画Ⅱ:大地の力
— Black Spirytus
2021/09/18(土) 〜 2021/12/12(日)
10:00 〜 17:00
久留米市美術館
2021/11/24 |
久留米市美術館では、開館5周年記念展「九州洋画Ⅱ:大地の力-Black Spirytus」を開催中です。
久留米市美術館の方々から、九州の洋画を支えた画家たちの、世代をこえたつながりを5回にわたって紹介していただきました。今回が最終回です。
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日本の西洋画を切り拓いた九州出身者たち。白馬会や東京美術学校(現在の東京藝術大学)、先進的な団体などでの活躍はあまりに有名ですが、一方で、地域の美術史においても様々なバックボーンと存在感を持った表現者たちがいます。彼らの魅力をどう言い表したら良いのか。思いあぐねて、時に単独で、時に並んで原野を駆けゆく黒い馬を連想(妄想)したりしましたが、中に一人、どうしても炎のような赤い馬をイメージしてしまう画家がいます。海老原喜之助です。
「最高傑作といわれる《燃える》を描きあげた後、海老原芸術は不思議な転換をみせる。《大道の物売り》《蝶》にみられる、自由奔放な描写である」(毎日新聞[田中幸人]、1971年5月27日)。1970年にパリで客死した海老原喜之助の遺作展についての新聞記事の一節です。考え抜かれた構成と、塗り上げたマチエールで厳しく「造形」を追ってきた海老原が、一種、即興的とも見える画面に変化したことに注目し、「彼に、一体何が起こったのか」と続けています。
この遺作展は東京、大阪、名古屋、久留米で行われ、九州では石橋美術館が会場となりました(5/22-6/13)。同じ展示室では、つい前の週まで、1969 年に没した「坂本繁二郎 その人と作品展」が行われていました(4/17-5/18)。九州の美術を支えてきた二人が、この時期、立て続けに世を去ったのです。繁二郎と海老原は、互いに「絵かき」として、多くを語らなくても通じ合っていたといいます。突き抜けた者同士の共振があったのでしょう。芸術は孤独とのたたかいで、だからこそ「一人では生(うま)れない」と、よき土壌づくりに骨身を削った海老原を、熊本でエビ研(海老原美術研究所)の所長をつとめた境野一之は偲んでいます。
海老原50年の画業を俯瞰した遺作回顧展から、さらに50年が過ぎました。今回の「九州洋画Ⅱ」では、遺作展の時には久留米会場に来なかった《燃える》も展示されています。《燃える》と《蝶》は、それぞれ1957年と59年に日本国際美術展(東京ビエンナーレ)に出品されたものです。苦悩の中に沈潜し、そこから点火し再出発した海老原の、熊本時代のエポック的作品といえます。海老原を慕った伊藤研之は「《燃える》から《蝶》に至る成功が、この時期の彼の頂点をなすもの」と言っています。
一見、黒い輪郭線の間に無造作に原色を配したような《蝶》ですが、見ると2匹の羽は厳密に平行になっています。このさき交わることのない二者の関係を示すかのように。右の蝶は顔を覆い、画面の外に走り出ようとしています。宙に浮く中央の蝶は両手を胸の前に組み、広げた羽の形のためか、やや右に傾いているように見えます。追われているのか、残されてしまったのか。どちらに感情移入するかは見る人の心境に左右されるのかもしれません。
蝶に託した人間の心情を描いた戦前の作品を、もう1点。熊本出身で、30歳という若さで戦死した大塚耕二の《出発》です。
彼が大学進学のために上京した1934年は、前年に帰国した海老原喜之助が、鹿児島から再上京した年です。海老原は翌1935年に独立美術協会の会員となり、大塚も1936年から独立展に出品しました。彼は学生ながら瀧口修造らのアヴァン・ガルド芸術家クラブに参加し、シュルレアリスムの旗手となりました。
そんな大塚耕二を海老原は知っていたのでしょうか。大塚が在学していた帝国美術学校(現・武蔵野美術大学)に、海老原は教えに行ったこともあるといいます。いずれにせよ、奇しくも熊本ゆかりの二人の「蝶」の絵には、自由を求める気持ちと、それに伴う痛みや苦しみがあり、それは今なお私たちにも身近な感情として迫ってきます。
去りゆく者と、残される者。後者の覚悟を形にしたように思われるのが、海老原の同級生で、生涯の友であった吉井淳二の《舟をつくる》です。二科会の理事であった吉井は、野の花や市井の人々の静謐な群像を得意としていましたが、この絵では、男が一人、黙々と果てしない作業に取り組んでいます。1967年に再び日本を離れた海老原の傑作《船を造る人》(1954年、北九州市立美術館蔵)へのアンサー的な作品とも見えます。ともに立ち上げに尽力した南日本美術展を、海老原亡き後も長く支え、2004年に没しました。
「芸術は、一人では生(うま)れない」。
縦横に、時には斜めに張られた無数の糸が、強く、陰影に富んだ「九州洋画」を紡いできたのだと思います。
(久留米市美術館 佐々木奈美子)
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