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遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<62> 【連載】終わりの兆し? 新しい生活様式の習慣化 表現に変化をもたらすか

2022/05/18 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 長く続いたコロナ禍にも、終わりの兆しが見えてきているように思えるのは私だけではないだろう。街の賑わいはもちろん、勤務する大学でも、ほとんどの授業でオンラインが解除され、大学にもかつての活気が戻ってきている。もちろん、マスクの着用や手指の消毒は相変わらずだが、当初、大学はもっとも感染対策が難しいとされ、国内では異例な事実上のロックダウンが続いていただけに、その回復ぶりは著しい。実技が骨子となる美術大学ならなおさらだ。

 もっとも、教授会をはじめとする各種委員会などは依然としてリモートでの開催が続いている。が、これは感染防止対策だけではなく、その方が能率もよく、合理的だからだろう。また海外や日本でも地方に在住の非常勤講師によるオンライン講義も、同様に優秀な教員を居住地にかかわらず採用することができることのメリットかもしれない。そういうことで言うと、オンラインやリモートは、今後も一定の範囲で社会に定着していくことが予想される。

 他方、街に目を向けると、地元の商店街でも、老舗の個人商店がこの間、ずいぶんと店を閉じた。それも数十年続いた個人経営の店が多く、高齢化や後継者の問題も重なり、これを機に引退を考えたからではないか。なじみの飲食店で話を聞くと、早い時間の来客は確実に戻ってきているが、前と違うのは、ある時間になるとスッと客足が鈍り、都心で遅くまで店を開いても何回転かするのはめっきり減ったらしい。

 口を揃えて言うのは、店じまいの時間を早めることを考えているということだ。終列車の繰り上げが相次いだことも影響しているだろうが、また元に戻すとは考えにくい。当初、感染拡大の槍玉に挙げられた「夜の街」のあり方も、大きく変化しつつある。

 アートに引きつけて言えば、ギャラリーなどでの人気作家の個展では大人数の2次会が当たり前だったが、そうした習慣は影を潜め、開いても人数が絞られるようになった。しかしこれはこれで悪いことばかりではないかもしれない。席を離れた同士での大声のやりとりはなくなったし、そもそも大人数の集いが苦手なひとだって多かったはずだ。全体に集団は小ぶりとなり、会話は抑制気味で、時間もだらだらとは続かなくなった。地声が大きかったり、大人数でわいわいするのを楽しみにしていた人には辛い時代となったが、感染対策ならそれも仕方がない。「新しい生活様式」などの標語とは別に、私たちのライフスタイルは確実に変化しつつある。

マスク姿で福岡市博物館で開催中の「古代エジプト展」を鑑賞する人々。
マスクを着用した鑑賞も習慣化されつつある

 こうしたコミュニケーションやライフスタイルの推移は、今後、アートをはじめとする表現の現場にどんな変化をもたらすのか。マスクの着用などは、仮にコロナ禍が去ったとしても、電車内や飲食店の厨房などを中心に、冬と夏とを問わず、着実に習慣化されていくはずだ。そう言えば、個人的にもインフルエンザを含めまったく風邪をひかなくなった。そうでなくても、衛生面に限らず、もともと家の外で素顔を晒したくない人は少なからずいたはずだ。文字通り、コロナを経て「顔の見えない時代」が到来しつつあるのだ。顔の見えない時代には、顔の見えない時代のアートが当然のように姿をあらわすだろう。むろん、こんな予測めいたことを書いても、依然としてコロナの次の波が、もうすぐそこまで控えているかもしれないのだが。(椹木野衣)

=(5月12日付西日本新聞朝刊に掲載)=

 

椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。

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