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【連載】藤浩志 地域と美術のすきまのやもり 42

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藤浩志
2017/12/28
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時間の質が絶望をカエル​

  捨てないと決めた1トンのお米、毎日食べ続けていたが、一年もすると虫が湧き出てくる。お米を研(と)ぐ前に虫を取り除きながらご飯を炊いていたが、炊きたてのご飯にも虫が浮いてくるようになった。
 時間というのはたまに輝くことがある。絶望の向こう側に一筋の光が差し、希望が見え始める瞬間がある。その時間の質の変化をもたらす術がまさに美術だと思っている。…なんて言うと凄(すご)いことが起こったかのようだが、実に些細(ささい)な出来事が起こった。
 虫の入った炊きたてのご飯を前にして、もう食べられないなと覚悟を決めたが、1トンもあるお米の行く末を思うと絶望的だった。水戸芸術館の展示で数多くの苦情に対応する度に、作家はこのお米を食べ続け、捨てないのだと説明してきたので、捨てるわけには行かない。しかし現実的にもう食べられなくなっている。とりあえず炊いた分だけでもおにぎりにして冷凍でもしようと、おにぎりをにぎり始めた。
 当時、東京葛飾区亀有駅から徒歩5分の6階建てのマンションに暮らしていた。5階にある部屋のベランダの向かいは中学校の校庭だったので、見晴らしがよく、その日は特に空気が澄み切っていて遠く富士山が見えていた。日曜日の夕方、夕食のために炊いていたご飯に虫が混ざっていて絶望的であるのにその眺めは心地よい。その日はちょうど夕日が富士山の真後ろに沈もうとしていた。そんな風景を一年に何度も見ることはない。数カ月前に砂漠のオアシスで見た夕日を思い出しながら、高揚する気持ちでおにぎりを握っていた。すると、手が、手が、勝手に動き始め、カエルの形のおにぎりを握ってしまっている。そのカエルの形のできたてのおにぎりをベランダの手すりに乗せてみる。
 カエルの目がなんだか弱い。近くにあったビー玉を目のところに突っ込んでみた。お米のカエルの誕生だった。その後ろに富士山がくっきりとシルエットで浮かび、その後ろに夕日が静かに沈んでいった。感動的な時間だった。(美術家。挿絵も筆者)=8月28日西日本新聞朝刊に掲載=
※次回の「藤浩志 地域と美術のすきまのやもり」は1/6の予定です。

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