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血を描かずに血を描く!? 奇才・月岡芳年の描く安達が原の悲劇【「国芳から芳年へ」連載③】

2019/12/13 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

現在、福岡市博物館で開催中の特別展「挑む浮世絵 国芳から芳年へ」(~12/22)の連載をお届けします。(アルトネ編集部)(全4回)

 

 前2回の連載(連載①連載②)では、月岡芳年が若い頃から異才を発揮してきたようすをご紹介しましたが、今回は円熟期の傑作をとりあげます。
その名も「奥州安達がはらひとつ家の図」。
…勘のいい方は、すでに不穏な気配にお気付きかもしれませんが、そう「安達がはら」の「ひとつ家」ですから―――今回もとびきりの“衝撃作”です。

 

月岡芳年、47歳の作

月岡芳年
「奥州安達がはらひとつ家の図」
1885年、名古屋市博物館蔵

 

 まず目に飛び込むのは、はちきれんばかりのお腹と鮮やかな赤の腰巻。臨月の妊婦が逆さ吊りにされているという異様な光景です。
女性はさるぐつわ越しに苦悶の表情を浮かべ、豊かな髪を震わせています。波打つ髪に誘われて視線を下にやると、パチパチと燃える囲炉裏から煙がたちのぼり、また視線はふわりと上へ押し戻されます。すると一気に、か細い足首を縛り上げた荒縄がギリリと梁へかかるさまが目に飛び込んでくるのですが、この視線が動く一瞬で、老婆の険しい表情や夜闇にひらく夕顔の花が、視界をかすめます。
陰惨な予感に満ちながら、どこか幻想的な絵です。一体どんな状況なのでしょうか。


安達が原一ツ家伝説

 作品タイトルの「安達が原」は、現在の福島県二本松市にあった地名で、恐ろしくも悲しい鬼婆伝説で知られます。ありていに言えば、鬼婆が人を食う伝説ですが、悲しいのはそれ以前の部分。鬼婆が、人を食うようになった理由です。

様々なバリエーションが伝わりますが、大筋は以下のとおり。


昔、京都の公卿屋敷に「岩手」という名の乳母がいて、
姫を手塩にかけて育てていました。
その姫が重い病気にかかったので易者にきいてみると
「妊婦の生き肝をのませれば治る」ということでした。
そこで岩手は生き肝を求めて旅に出て、
安達ケ原の岩屋まで足をのばしました。

木枯らしの吹く晩秋の夕暮れ時、
岩手が住まいにしていた岩屋に、
生駒之助・恋衣と名のる旅の若夫婦が宿を求めてきました。

その夜ふけ、
恋衣が急に産気づき、
生駒之助は産婆を探しに外に走りました。 

この時とばかりに岩手は出刃包丁をふるい、
苦しむ恋衣の腹を割き生き肝を取りましたが、
恋衣は苦しい息の下から
「幼い時京都で別れた母を探して旅をしてきたのに、とうとう会えなかった・・・」
と語り息をひきとりました。

ふとみると、
恋衣はお守り袋を携えていました。
それは見覚えのあるお守り袋でした。

なんと、恋衣は昔別れた岩手の娘だったのです。
気付いた岩手はあまりの驚きに気が狂い鬼と化しました。

以来、宿を求めた旅人を殺し、生き血を吸い、
いつとはなしに
「安達ケ原の鬼婆」として広く知れわたりました。

二本松市観光連盟HPより


 おそろしい鬼婆は、幼子への愛情ゆえに罪を犯した、高貴な女性のなれの果てだったのです。
この急展開を伴う人食い譚はよほど強烈だったのでしょう、地域の伝承だけにとどまらず、長唄、浄瑠璃、歌舞伎など様々に形を変えて、ひろく伝播してゆきました。


もう一度、絵をごらんください

月岡芳年
「奥州安達がはらひとつ家の図」
1885年、名古屋市博物館蔵

 画面下部では老婆がゆっくりと包丁を研いでおり、このあとにつづく血なまぐさい展開が予感されます。さらに安達が原の鬼婆伝説を知っていれば、つづく悲劇も予見され、ああ、いま気付けば、まだ間に合うのに!母と娘なのに!といたたまれない気分にさせられます。

 しかしこの母親、浄瑠璃では実の娘の命乞いにも、年寄は耳が遠くてねえと、すっとぼけます。会場の壁面に『奥州安達原』の一節をずらりと書きおこしてみたので、お確かめください。救いようのなさに、途方に暮れてしまいます。

 とはいえ屋内をよく見ると、壁の一部が崩れ落ちていたり、粗末な調度が細かに描かれていたりと、老婆の生活ぶりが透けて見えます。かつて都に暮らした貴婦人が、ここまで身をやつして姫君薬を探していた――人の道を踏み外した彼女の、まっすぐな孝心が涙を誘います。


絵師の計算、熟練の凄味

 言うまでもありませんが、この絵は作者・月岡芳年が緻密に計算して生みだした理性の産物です。
構図、視線誘導、色彩配置…なかでも最も芳年らしい計算が、「物語を描くにあたって、どのシーンを切り取るか」です。

 例えば、鬼婆伝説の「残酷さ」を描きたいなら「娘を殺める瞬間や人を食らうようす」、「悲劇性」に重きをおくなら「泣き狂う老婆の姿あるいは過去の健気な姿」を、切り取るのが一般的でしょう。
そこへきて芳年は、悲劇も惨劇も描かずに、その直前のシーンを切り取りました。あの安達が原の伝説を描くにあたって、血も、涙も、描かなかったのです。

 しかしこれによって、どちらも予感させることに成功しました。この絵の前にいる限り、私たちは終わりのない悪夢のように、惨劇と悲劇の気配に囚われ続けます。
英名二十八衆句から約20年、血を描かずに血をみせつける円熟期の凄味といえるでしょう。

 ぜひ会場で、色や線や手触りのある空気に、圧倒されてください。
画像では見えづらい天井裏の描き込みや、えも言われぬ老婆の顔つきも、必見です。

 


まだまだ展覧会ではここにも注目!!
 

歌川国芳の描いた幅4mに迫る巨大絵馬「一つ家」の画像

 驚くなかれ、今回ご紹介した「奥州安達がはらひとつ家の図」は、まだ芳年の到達点ではありません…(おそろしい子…!)

 会場には、計8点の「一ツ家」作品が展示されていますが、たとえば月岡芳年34歳、47歳、52歳時の絵を見比べると、年を重ねるごとに静かに、より静かに、進化していることがわかります。最終的には妊婦すら姿を消し、老婆と荒縄のみで、一切音のしない一ツ家を見事に描ききっています。その緊張感たるや!!

 また師匠・歌川国芳から芳年への流れをみると、国芳は幅4mに迫るど迫力の絵馬を描いたのに対し、芳年は極めて抑制された小品を描いており、「芳」の系譜40年の月日とともに劇的な変化が起きていることに驚きます。しかし同時に、こんなにも違うのにこんなに絵が一致する!と師弟の強い結びつきに、何かあたたかなものをも感じます。

 展覧会では、いいモノ・ほんモノとの出会いだけでなく、モノとモノの繋がりや流れまで、お楽しみいただけたら嬉しいです。

 

連載①はこちら
連載②はこちら

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