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遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<3>衛生観念の普及 「無菌の空間」実現が近代美術館の元ある姿【連載】

2020/04/03 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 

世界有数のエジプトコレクションを所蔵するライデン国立古代博物館の収蔵庫=オランダ

 美術館でひときわ衛生観念が重視されるのは、美術館が保管するのが文化財という「モノ」であることが大きい。今では美術館もずいぶんと娯楽施設化しているが、この点でも美術館は、劇場で開かれる演劇や、コンサート・ホールで催される音楽のライヴとは、根本的に異なっている。限られた時間の中で演じられ、それを終えると記録や記憶しか残らない演劇やライヴと違って、展覧会は、会期を終了しても厳然としてモノが残る。というよりも、文化財という観点に立つなら、この残されたモノの方が美術館の本来の主役なのであって、展覧会というのはそれを期間限定で公開する「余業」でしかない。

 文化財とは、読んで字のごとく「財産」であるから、限られた期間で消費することよりも、当然、末永く未来を生きる世代へと残すことが優先される。しかし文化財はモノなので、そうした長い時間の中では当然、着実に劣化していく。この劣化を最小限に食い止め、できうる限り遠い未来へと託するには、究極的には湿度や温度の管理を徹底した収蔵庫から外へ一歩も出さないのが一番いい。いわばタイム・カプセルである。けれども、それでは同時代を生きる市民にはなんの恩恵もない。だから、期間限定で虫干し的に公開し、教育や教養に与(くみ)するかたちで開かれるのが、実は展覧会の元ある姿なのだ。

 今でこそ、美術館と言えばレストランやショップがことのほか充実しているけれども、それは、自前で運営費を稼がなければならないご時世になったからだ。ひと昔前の美術館では、そうした「水物」はほんの申し訳程度で、できれば早く立ち去ってほしいと言わんばかりの雰囲気が漂っていた。衛生上、よろしくないからである。飲食や物販は文化財の大敵、ムシやカビをもたらす危険を孕んでいる。

 こうした衛生観念の普及は、国家の近代化とほぼ歩を同じくしている。そもそも近代化とは、欧米列強と並びうる衛生観念の獲得と同じ意味を持っていた。なぜ衛生観念だったのか。帝国主義の肝要は植民地政策だが、それは未知の疫病やその発生源となる不潔を排除し、自国からの植民という政策を円滑に進めるために絶対に欠かせないものだった。

 日本における展覧会の原型は内国勧業博覧会にあるが、それは事実上、植民地から得た物産を列強が品評する場であった万国博覧会を国内で模倣したものだ。そこに起源を持つ美術館とは、植民地の不衛生を人工的に管理することができる「無菌の空間」を、自国で模範的、かつ継続的に実現し続けることを意味する。

 けれども、展示された会場に自由に入り込み、方々を歩き回るという点では、ヒトこそが施設の外部から素性の怪しい雑菌や汚染をどんどん運び込んでくる、もっとも厄介な存在なのだ。現在、新型コロナ・ウイルス騒動で次々と美術館が閉まっていくことの正当性は、来場者を感染から守るという道義性の尊重が第一にある。としても、より深層的には、衛生的に保ちたい、もっと言えば文化財を未知の汚染から守らねば、という近代そのものが持つ植民地政策的な固定観念の名残(なごり)が、まったくないと言えるだろうか。(椹木野衣)=3月27日付西日本新聞朝刊に掲載=

 

椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。

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