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遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<4>「コロナ後」の世界像【連載】

2020/04/04 LINE はてなブックマーク facebook Twitter
幻となった福岡五輪の都心部・ウオーターフロント地区のスポーツ複合拠点のイメージ図
(「開催概要契約書」より、部分)

 新型コロナ・ウイルスは人と人とを隔て、あらゆるところに壁を立て、人類の活動をグローバリズム以前の世界へと引き戻そうとしている。職場ではリモート・ワークが推奨され、百貨店や飲食がかつてない苦境に立たされる一方で、通販やデリバリーに一層の拍車がかかる。欧米ではあたりまえの習慣であった握手やハグが敬遠され、日本人がマスクをする習慣を奇異の目で見ていた者たちも、競ってマスクを着用している。つばが飛ぶような激しい議論はもちろん厳禁だ。人と人との間隔は十分に開け、禅の修行のように押し黙っているのがいい。そもそも、外出そのものが感染の拡大をもたらす元凶とされている。家に引きこもるしかない。

 日本でも、引きこもりは社会への適応がうまくいかない典型と非難されていた。ところが、今や世界中がこぞって推奨している。美術家のオノ・ヨーコは、日本での引きこもり習慣には、西洋にはない正当な態度表明があると語っていた。確かに、ここまで列挙してきたことからもわかるように、新型コロナ・ウイルスがもたらす生活習慣の劇的な変容は、ことごとく西欧型の理想的な人間像(よく語り、抱擁し、行動する)を否定するものなのだ。古来の演劇にせよ、造形芸術が模倣してきた人間像にせよ、規範となるのはそのような「よりよく生きる」人間(ヒューマン)である。ところが新型コロナ・ウイルスの爆発的な感染力は、そうした人間像そのものを機能不全にしてしまう。果たしてこれは一時的なものだろうか。そうとは言えまい。グローバリズムの世界下では、地球上のすべてのヒトやモノが、かつてない自由さで交錯し合う。そのような状況でひとたび、パンデミックが起こればどのようなことになるか。今ほどの自由などおよそ持たなかったかつての西洋世界でさえ、ペストはあれほどの猛威を振るったのだ。警鐘はずっと鳴らされてきた。SARSやMERSはその一端を具体的に示していたし、鳥インフルエンザ・ウイルスの変異は、かねてなにより恐れられていた。

 仮に今回のパンデミックが早期の収束を見たとしても、世界は、社会がいつ崩壊してもおかしくないほどのリスクが厳然として存在することを知ってしまった。喉元を過ぎたからといって、すっきりもとの通りに戻れるというのは、考えが甘すぎるだろう。今回のようなパンデミックは、人類がその生き方を根本から変えない限り、今後も十分に発生しうる。今後、4年ごとに前もって開催地を決定し、五大陸から人が入り交じって熱狂する五輪を引き受けるとしたら、主催国は相当の覚悟をするしかない。

 他方で今回、致し方なく採用されている無観客試合や無観客中継が、意外にも魅力的に映るのは私だけだろうか。視聴するだけならこれ以上のものはない。かつて建築家の磯崎新は幻の福岡五輪案で、実況を中心に据えた斬新な主会場を構想していた。そう思うと、チケットの争奪戦やごった返す人混みに過度のストレスを抱えて、どれくらい会場に行く必要があるだろう。

 美術の展覧会に至っては、モノとしての保護を第一とする文化財なら、そもそもがヒトを敬遠するはずのものだった。他方、ヒトを必要としない情報の通信速度はますます飛躍的に進んでいく。遠からずそれは、同時性や固有の場所という概念そのものを刷新してしまうだろう。

 ポスト・パンデミック時代の新しい体験性とはなにか。私たちは、かつてない性質の時の猶予を得た今、「ポス・パン」の世界像とその可能性について、新たな思索と模索を始めなければならない。(椹木野衣)=4月2日付西日本新聞朝刊に掲載=

 

椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。

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