九州、山口エリアの展覧会情報&
アートカルチャーWEBマガジン

ARTNE ›  FEATURE ›  コラム ›  モクちゃん 人生の居候【寄稿 野見山暁治】

モクちゃん 人生の居候【寄稿 野見山暁治】

2020/06/16 LINE はてなブックマーク facebook Twitter
野見山暁治さん

 夏が近づき、コロナ騒ぎもあって、糸島のアトリエへと思い立った矢先、菊畑茂久馬の訃報が入った。

 あの清々しい顔がよぎる。もう会えないのか。そう打ちとけた附(つ)き合いでもなかったが、ふいと出会ったりすると、とたんに嬉(うれ)しくなったものだ。

 ぼくは年を取った。今は独り歩きも覚束(おぼつか)なく、閉じこもったきりの日々。ずっと今までに触れあった人たち、たいてい忘れてしまったが、初めて出会った時から菊畑茂久馬は、ぼくの中に住みついたようだ。東京、福岡とお互い離れているが、生きていて欲しかった。

 モクちゃんという呼び名は、バレエ教室をやっている義妹や、ミッション・スクールを出たグループの話題にのぼる。若い女の子の口から口へと伝ってゆき、クラブのママさんのところへ一カ月も居候しているらしい、なんて噂(うわさ)は最高だ。

 この画家とは、不意に出会った。かなり以前のことになる。銀座七丁目あたり、当時、新しい傾向の作品を並べて評判だった東京画廊に、女性の絵描きに誘われて出かけた。

 九州派という名称から、強面な九州男を、ぼくはいつの間にか作りあげていた。キャンバスという平面の模索から離れて、自在に、表現素材を拾いあげる、かなり力のいる仕事。それより未知の造形への挑戦、そしてその集団の先頭を走っている男。

 面くらった。端正なもの腰、控え目な表情。聞けば、その九州派から、独り抜け出しているらしい。どうして、その集団から離れたのか。

 その頃ぼくは、日本に居なかったので何も知らない。独りになった画家が、どのように日本画壇で、その存在を示したのか。重厚な作品を遺(のこ)している。

 少しも力んだ貌(かお)はしていない。どこか薄汚れした絵描きの影も見当たらん。高校時代は同級生だった米倉斉加年の家に転げ込んで、卒業するまで、通っていたという。結婚するなり、嫁のところで暮らすようになったが、嫁の父親とすっかり仲良しになってと、これも又、おいしい筋書。

 菊畑茂久馬の一番の才覚は、居候じゃないか、とぼくは思う。自分の都合でうまいとこ入りこんで、共々楽しく暮らし、おいとまする時は家の主に惜しまれたというから、これは美談だ。

 いくらかでも双方に気後れが生じれば、忽(たちま)ち壊れてしまう至難の業と思うが、群れを嫌う男が、屈託なく手をつないで生きてゆく。いつか新聞に載っていた<虹>というエッセイ。ほのぼのとして、未(いま)だに憶(おぼ)えている。

 ここまで書きつらねてきたこと、みんな本当か。誰からか聞いたというような話ではなく、いつの間にかぼくの耳に入りこんでいる。

 ぼくが知っている前衛画家、菊畑茂久馬。女の子の口にのぼると、忽ち敬愛する憧れのアイドル、モクちゃん。本人、素知らぬ顔をしているが、手のうち見せてもらいたい。

 言えば、すぐにでも手を拡げて、何でもないと教えてくれるだろう。人生の居候、野暮は言わない。

 ◇画家、菊畑茂久馬さんは5月21日、85歳で死去。

のみやま・ぎょうじ 画家。1920年、福岡県穂波村(現飯塚市)生まれ。東京美術学校(現東京芸大)卒。52年から12年間フランスに滞在。58年に安井賞。文筆でも知られ、78年に「四百字のデッサン」で日本エッセイスト・クラブ賞。2000年、文化功労者。14年に文化勲章。

=6月14日付西日本新聞朝刊に掲載=

おすすめイベント

RECOMMENDED EVENT
Thumb mini 5435848923

特別展「若冲、琳派、京の美術ーきらめきの細見コレクションー

2026/04/21(火) 〜 2026/06/14(日)
九州国立博物館

Thumb mini 774a132be2

特別展 大恐竜展 ~「フクイ」から探る獣脚類の進化~

2026/04/24(金) 〜 2026/06/28(日)
福岡市博物館

Thumb mini 7ef2333063

小磯良平展ー幻の名作《日本髪の娘》

2026/04/18(土) 〜 2026/06/21(日)
福岡市美術館

Thumb mini d970112987

小磯良平展 幻の名作《日本髪の娘》展 関連イベント
ギャラリートーク(2026年4月25日開催)

2026/04/25(土)
福岡市美術館

Thumb mini 82591a0656
終了間近

久保田 香 ‘ recent works ‘

2026/04/04(土) 〜 2026/04/26(日)
kenakian

他の展覧会・イベントを見る

おすすめ記事

RECOMMENDED ARTICLE
Thumb mini 911181454d
コラム

菊畑茂久馬さんを悼む②/潮風吹く桃源の里、原点に 自らを批判、追い詰め 軽やかな晩年作へ【寄稿】

Thumb mini 1066e64f62
コラム

菊畑茂久馬さんを悼む①/沈黙期、鍛え抜いた思想 作兵衛、藤田嗣治を通じて準備 時代に左右されぬ画家の「内部」【寄稿】

Thumb mini 850c03dfff
ニュース

前衛美術家・菊畑茂久馬さんを悼む 「前衛」と日々の生活と

Thumb mini 44a277abe2
コラム

【コラム】アーティゾン美術館から名品80点 久留米市美術館10周年展 生き続けるコレクションの「いま」

Thumb mini e91a2da7dd
コラム

【コラム】福岡のくらしと自然 今昔 特別展「魔法の歴史スコープ」<下>太閤町割の名残 今も

特集記事をもっと見る