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ゴッホ展 ヘレーネとフィンセント<中>人間映し出す鏡のよう

2021/12/29 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 激情の画家フィンセント・ファン・ゴッホ(1853~90)の画業をたどる「ゴッホ展ーー響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」が23日、福岡市中央区大濠公園の市美術館で開幕した。作品収集を通じてゴッホの名を世に知らしめたヘレーネ・クレラー=ミュラー(1869~1939)のコレクションなどゴッホ作品52点が並ぶ。展示作品の一部とゆかりの人、場所を紹介する。

◎ゴッホ展 ヘレーネとフィンセント<上>はコチラ

■「ゴッホ展ーー響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」のチケットのご購入は
コチラから。

 オランダ政治の拠点ハーグ。壮麗な国会議事堂と向かい合う広場に、10代後半のゴッホが画商として初めて働いた「グーピル商会」の跡地がある。この地でハーグ派と呼ばれる地元画家らによる自然美とめぐり合ったゴッホは画業への関心を深め、37年の短い生涯を駆け抜けていった。

19歳のフィンセント・ファン・ゴッホ
(ファン・ゴッホ美術館提供)

 その場所から通りを2本隔てた四つ角に1900年、ある新興企業が社屋を構えた。後に希代の美術収集家となるヘレーネ・クレラー=ミュラーの父がドイツで創業した石炭運送会社。会社を継いだヘレーネの夫アントンの手腕で、急速に業績を伸ばしていた。

 ヘレーネの伝記作家エーファ・ローフェルスさんはこう語る。「思春期にゲーテやダンテを読みふけった彼女は、富豪の夫人として何不自由ない暮らしだったが、精神は満たされず物足りなさを感じていた」

 その日々を変えたのが、ゴッホの絵画だった。知己を得た美術家の影響で、無名に近かったゴッホを知ったヘレーネは、作風だけでなく書簡に残る彼の言葉に強い感銘を受ける。「彼はただの精神障害者ではなく人間を映し出す鏡のような考えを持っている」。友人に宛てた手紙は、自身の思考との共通点を見つけた喜びにあふれている。

ヘレーネ・クレラー=ミュラー
ⓒKröller-Müller Museum,
Otterlo,The Netherlands

 09年以降、夫の惜しみない資金提供で高額購入を続けたことが話題を呼び、ゴッホの価値を高めたヘレーネ。当初は個人的な鑑賞が目的だったが、ある収集家が設立した個人美術館を見学したことで作品公開の重要性に気付き、ゴッホの画業の変遷が分かる体系的な収集へと変わっていく。

 その成果をハーグの社屋内に飾って一般公開していた29年には、20人余りの日本人が訪れていたことが署名簿から確認できる。当時パリ在住で後に文化勲章を受章する画家の荻須高徳は、こう日記につづった。「やあすてきだすてきだと心にさけぶ」

 生きて交わることのなかったゴッホとヘレーネの記憶が交錯する街ハーグは、浮世絵を愛するゴッホがあこがれた日本での評価を高める一助にもなった。 (東京新聞・谷悠己)

 

●理想の森に夢の美術館を
 乾燥した大地と深い森とが混在するオランダ東部オッテルロー。ゴッホコレクションで知られる美術収集家ヘレーネ・クレラー=ミュラーは、自然に囲まれた保養所で思索にふけり、手紙を書く時間を好んだ。

 1911年の夏。保養中に倒れ、腫瘍の摘出手術を受けることになったヘレーネは、病院を見舞った夫にこう話したと、後に手紙に記している。「この手術を乗り越えることができれば美術館を造るつもりよ」

 伝記作家のエーファ・ローフェルスさんが語る。「彼女は死の危険があった難しい手術に直面し、夢に見ながらも『女性の私には無理』と思っていた美術館の建設を成し遂げようという強い意志を得た」

オランダ・オッテルローで、ヘレーネが好んだ保養所の説明をするエーファ・ローフェルスさん
(谷悠己撮影)

 美術館の立地に選んだのもオッテルローの森だった。「ゴッホの自然画を好んで収集したヘレーネは、彼が生前にこの地を訪れたら必ず気に入ると確信していたはずだ」。ゴッホ研究者シラール・ファン・ヒューフテンさんが森の中で、うなずきながら話す。

 夫が経営する会社は第1次大戦の特需で潤い、ヘレーネの収集を後押ししたが、20年代に入ると戦後恐慌によって経営状況が急速に悪化。美術館の建設工事は中止に追い込まれ、オッテルローの森にも差し押さえの危機が迫った。

 コレクションの散逸を防ぎ、自然に囲まれた美術館構想を実現するため、ヘレーネは最後の勝負に出る。オランダ政府が森を保護し美術館を建設する代わりにゴッホはじめ1万点以上の美術品を国に寄贈する-。時の文部大臣を招いて2日がかりで森の中を案内し、同意を取り付けた。

 国立公園となった森にクレラー=ミュラー美術館が完成したのは38年。初代館長として見届けたヘレーネは1年後、70歳で他界する。ゴッホ展示室に1晩置かれたひつぎは遺言に従い、森と大地を見渡せる丘の上に埋葬された。

クレラー=ミュラー美術館で、ゴッホ作品を鑑賞する人たち(谷悠己撮影)

 「100年後、文化的な遺産になるような美術館にしたい」。手紙にそうつづって110年を迎えた今、彼女の夢は現実となり、年間40万人をゴッホの世界にいざなっている。 (東京新聞・谷悠己)



●福岡展の注目作品から

「レストランの内部」1887年夏、クレラー=ミュラー美術館
©Kröller-Müller Museum,
Otterlo,The Netherlands

=(12月25日付西日本新聞朝刊に掲載)=

 

▼「ゴッホ展―― 響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」
 23日~来年2月13日、福岡市中央区の市美術館。オランダのクレラー=ミュラー美術館、ファン・ゴッホ美術館の収蔵品から、ゴッホの油彩画、素描など計52点のほか、ミレー、ルノワールなどの作品も紹介する。主催は福岡市美術館、西日本新聞社、RKB毎日放送。特別協賛はサイバーエージェント。協賛は大和ハウス工業、西部ガス、YKK AP、NISSHA。観覧料は一般2000円、高大生1300円、小中生800円。1月3日、10日を除く月曜休館。12月30日~1月1日と4日、11日も休館。問い合わせは西日本新聞イベントサービス=092(711)5491(平日午前9時半~午後5時半)。

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