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【コラム】キース・ヘリング展に寄せて  美術史にストリート持ち込む  怒りや喜び、悲しみにも忠実 さまざまな枠越えて愛される

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アルトネ編集部
2024/08/10
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「キース・ヘリング展」に並ぶ「サブウェイ・ドローイング」
Keith Haring Artwork ©Keith Haring Foundation

ストリート・アートが芸術と認知されて久しい。神出鬼没・正体不明のバンクシーが政治的な作品を発表する度にメディアに大きく取り上げられたり、グラフィティ・ライターとしてそのキャリアを出発したジャン=ミシェル・バスキアの作品がオークションで高額で落札されたりと、日本でもグラフィティやストリート・アートがアートの重要なジャンルとして芸術祭やギャラリーで紹介されるようになった。
けれども、ストリート・アートは最初から熱狂的にメイン・ストリームの美術業界に受け入れられたわけではない。1980年代初頭にストリート・アートは、音楽やファッション、ポップカルチャーの文脈で注目を集めるようになったが、エリート主義的な専門家によって独占されていた当時の現代美術業界からは無視された。グラフィティは、アートシーンからは排除された人たちによる落書きにすぎなかったのである。
そうした状況を一気に変えたのがキース・ヘリングだ。地下鉄の広告ポスター用掲示板に貼られた黒い紙に白いチョークで、単純だけどユーモラスに描かれた「サブウェイ・ドローイング」はたちまち人々の注目を集めた。そのあまりの反響の大きさによって、キース・ヘリングは、ニューヨークのメインストリームのギャラリーにストリート・アーティストとして初めて招き入れられた。キース・ヘリングは、エリート主義的かつ商業主義的なアートシーンのドアをいきなりこじ開けたのだ。
同時期にやはり時代の寵児(ちょうじ)となったバスキアのストリートの活動が極めて短かったのに対し、キース・ヘリングはメインストリームで受け入れられたあともストリートで作品を作り続けた。
たとえば、自分のアシスタントが麻薬中毒から抜け出せなくなって苦しんでいるのを見ると、そのまま怒りにかられてニューヨークの公園のハンドボールコートに「CRACK IS WACK(麻薬はくだらない)」と大きく書いた作品を一日かけて制作し、直後に警察に逮捕された(その後、キース・ヘリングの行動を支持する世論に押されるかたちで釈放され、作品は新たに描き直されることで保存されることになった)。

ヘリングがアートワークを手がけたレコードジャケットも展示。「CRACK IS WACK」と 書かれたものもある

キース・ヘリングは、自分の怒りや喜び、悲しみに忠実なアーティストだった。成功後も、アクティヴィスト的な傾向を強め、麻薬だけではなく、同性愛差別やHIV撲滅、反戦・反核運動にも取り組んだ。そのメッセージは、美術業界という狭い枠を超えて広く社会運動にも大きな力を与えた。
31歳でHIVのためこの世を去ったキース・ヘリングの活動期間は10年と短い。けれども、この短い期間に夥(おびただ)しい数の作品を生み出した。どの作品も一目でキース・ヘリングとわかる特徴的なもので、大人から子供までアートの好き嫌いにかかわらず誰からも愛された。これほどまでに、国籍や人種、世代や性別を超えて愛されたアーティストは歴史的にみても稀有(けう)ではないか。
その死後も美術史においてますます存在感を増しているキース・ヘリングの本格的な回顧展をぜひ多くの人にみてほしい。

=(8月6日付西日本新聞朝刊に掲載)=

◇◇

毛利嘉孝(もうり・よしたか)東京芸術大教授。1963年生まれ、長崎県大村市出身。九州大助教授などを経て現職。専門は社会学、文化研究。著書に「バンクシー アート・テロリスト」「ストリートの思想 転換期としての1990年代」など。

◇「キース・ヘリング展 アートをストリートへ」は、9月8日まで福岡市美術館(同市中央区)で開催中。一般1800円など。月曜休館(祝休日の場合は翌日)。実行委員会(東映)=092(532)1081。

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