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「長谷川等伯vs狩野永徳」-九州国立博物館特別展「新・桃山展」東西交流の華(下)(最終回:連載3回)【連載記事】

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アルトネ編集部
2017/11/01
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 九州国立博物館で11月26日まで開催中の「新・桃山展-大航海時代の日本美術」では、室町時代の鉄砲伝来から江戸時代の「鎖国」までの文化交流史を美術品とともに紹介しています。西日本新聞の記者が海外・国内を取材し、美術品が辿った軌跡を全3回でお届けします。今回は最終回となります。(アルトネ編集部)
 

長谷川等伯筆「松林図屏風」(国宝、東京国立博物館蔵)
等伯の代表作であると同時に、日本絵画史上1、2を争う人気作である


ある意味、時代はバブルであったにちがいない。織田信長の安土城、豊臣秀吉の聚楽第や大坂城-群雄割拠に終止符を打った天下人は自らの権力を誇示すべく、次々と巨大な城郭や寺社を造営した。公共工事はその空間を満たす美術品の需要を引き起こす。狩野永徳(1543~90)と長谷川等伯(1539~1610)は、そんな時代が生んだカリスマだった。
 名門絵師集団、狩野派の4代目を継いだ永徳は早くから一門の将来を担う存在として期待されたエリートだった。金箔(きんぱく)地に濃密な色彩で大胆なモチーフを描く「大画」様式を編み出し、信長や秀吉といった天下人のハートをわしづかみにした。一方の等伯は能登・七尾の生まれ。30代まで郷里で絵仏師として活動後、上洛(じょうらく)した遅咲きの人。自ら長谷川派をおこし、永徳ばりの華やかな「大画」に加え、水墨の世界でも独自の画境を開いた。
 業界を支配する大企業(狩野派)に対して、徒手空拳から成り上がった新興企業(長谷川派)。やがてベンチャーはガリバーに挑戦を始める。
 第1ラウンドは1590(天正18)年。当時の公家の日記に、等伯が、秀吉側近の前田玄以を動かして内裏の仕事に割り込もうとした-とある。一門を率いて御所の仕事を仕切っていた永徳は驚き、宮中に働きかけ事なきを得る。近世絵画が専門の成澤勝嗣・早稲田大教授は「割り込んだといっても御所の脇っちょの部屋。それでも永徳が嫌がったのは、狩野派の社長として、ライバル企業はのし上がる前につぶしておきたかったからでしょう。御所なんて特権だから、一度実績をつくれば先例になってしまう」と解説する。
 「やれやれ」と胸をなでおろした永徳だが、その直後に40代の若さで急死してしまう。年譜を見ると、当時の永徳は「こりゃ過労死だろう」と思わざるを得ない売れっ子ぶりである。くだんの内裏のほか、秀吉が創設した八条宮家の御殿を飾る障壁画を描き、倒れたときも、東福寺法堂(はっとう)の天井画を制作中だった。
 翌91年には、等伯の逆襲が始まる。3歳で没した秀吉の長男鶴松の菩提(ぼだい)を弔うため京都・東山に造営された祥雲寺(現在の智積(ちしゃく)院)の障壁画を受注したのは、永徳なき狩野派ではなく長谷川派だった。
 その等伯も間もなく自らの後継者と頼んだ長男の久蔵の早世という不幸に見舞われてしまう。福岡県出身の作家安部龍太郎は直木賞を受賞した「等伯」の中で、永徳を神経質で了見の狭いヒールとして描き、久蔵の死も狩野派による謀殺を示唆しているが、事実は歴史の闇の中だ。

狩野永徳筆「唐獅子図屏風」(宮内庁三の丸尚蔵館蔵)
※新・桃山展における展示風景(11/12まで展示)
桃山美術のイメージを決定づけた作品でもある


 2人の代表作を見てみよう。永徳の「唐獅子図屏風(びょうぶ)」。金色に輝く、高さ2メートル超の巨大な画面。豪快に描かれた2頭の獅子があたりを睥睨(へいげい)する。元は聚楽第の大広間を飾っていたとの説もある。2頭は一般的に夫婦と言われるが、「親子の可能性だってあるでしょう。この絵を背に、鶴松を抱いた秀吉が平伏する諸侯を見下ろす。妄想を膨らませばですが」と成澤教授。「多忙のあまり、すさんだ雰囲気のある晩年の檜図より、僕は断然こっちです」

狩野永徳筆「檜図屏風」(国宝、東京国立博物館蔵)
「大蛇が奔るが如き」と評された晩年の作風を示す。平成の大修理で面目を一新した


 等伯の「松林図屏風」はまさに対極的な世界を描いている。黒い墨の濃淡だけで遠近や空気感まで描いた破格の表現。日本水墨画の傑作として名高いが、「上質な紙を使っておらず、確実に下絵」(成澤教授)という。内省的な表現に久蔵の死の影響を読み取ることも可能だろう。
 時代の寵児(ちょうじ)だったゆえに天下人の城とともに代表作のほとんどが燃えてしまった永徳。打倒狩野派の野望もかなわず、実質的に一代で終わってしまった等伯。ともに強烈な光を放ちながら、独創が独創のまま泡と消えてしまった2人。それもまた桃山らしいと言えるのかもしれない。(北里晋)

=10月27日西日本新聞朝刊に掲載=

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