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遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<16>【連載】予言的なChim↑Pom㊤ 「都市の害獣」表現する集団 19世紀 英コレラ禍を作品化

2020/06/19 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 新型コロナウイルス感染症の発生が、都市の規模や密度と強い結びつきがあることは、この間の感染者の推移を見れば、誰の目にも明らかだ。

 中国の武漢に発し、ミラノやパリ、ロンドンといった欧州の主要都市からアメリカのニューヨークへと飛び火したように、一国を代表するような大都市こそが、ウイルスの活動にとっての主舞台なのだ。日本でも、東京の発生者数が他に抜きんでているのは、あらためて言うまでもない。

 こうした都市に生息する害獣に自分たちを重ね、活動してきたアーティストの集団に、チンポム(Chim↑Pom)がいる。かれらはデビュー以来、殺鼠(さっそ)剤から生き延びることでより強力となった渋谷の繁華街に潜むスーパーラットや、人気のない早朝から都市のゴミ捨て場を空から狙うカラスの存在を、創作のための大きなモチベーションとしてきた。ゆえに、アカデミックな美大や芸大との縁が薄く、発表の機会もギャラリーや美術館といったアートにとって「日の当たる」施設ではなく、むしろ真逆(まぎゃく)の路上や廃屋を貪欲に活用するのは、都市をサヴァイバルする「嫌われ者」にとって、共通の条件でもあった。

Chim↑Pom SUPER RAT 2006、2011
©Chim↑Pom Courtesy of the artist, MUJIN‐TO Production, ANOMALY

 都市は迷宮だ。限られた空間を有効に活用するため、土地は細かく細分化され、その隙を縫って道が網の目のように張り巡らされる。おのずと目の届かない部分も増えていく。こうした「日の当たらない」影は、害獣、害鳥、害虫にとって格好の生息場所となる。建て替えが切りない都市の新陳代謝は激烈で、前回触れた「生まれ変わり」にもこと欠かない。定まった家を持たず、常に移動せざるをえない身にとって、決して悪くない条件なのだ。

 しかし他方、不潔や荒らしを武器とするネズミやカラスは感染症の伝播(でんぱ)と結びつき、しばしば死の使者に見立てられてきた。今でも、ネズミといえばすぐにペストを連想するくらいだ。チンポムには、カラスの集団行動を利用した「BLACK OF DEATH」という作品もある。これにはペストの別名、黒死病を連想せずにおられない。現在も渦中にある「パンデミック」と、それ以前から、これほど強い結びつきを持つアーティストも、めずらしいと言わなければならない。

 その意味で、ほとんど予言的としか呼びようのないプロジェクトが昨年、かれらの手で英国のマンチェスターで披露された。なにせ、タイトルが「A Drunk Pandemic」(酔いどれパンデミック)なのである。

 マンチェスターも大都市の例にもれず、かつて19世紀に大規模なコレラの蔓延(まんえん)があった。産業革命で拡大を続けていた都市化の産物だった。地方から流入する労働者の都市への一極集中、貧困層の拡大、爆発的に増える人口を支え切れないインフラの不整備は、おのずと都市の随所に感染症リスクの高い環境を生み出した。突如として起きたコレラのパンデミックは、こうした新興の産業資本主義が抱える原理的な矛盾の産物だったが、支配者層はこれを直視せず、結果として貧困層の不道徳さを要因と喧伝(けんでん)した。社会が備えなければならない制度上の問題が、不都合ゆえに「民度」へとすり替えられたのだ。

 チンポムがプロジェクトを敢行したマンチェスター、ヴィクトリア駅の地下に残された巨大な廃墟トンネルは、ほかでもない、当時のこうしたコレラ犠牲者たちが大量に葬られた墓所でもあった。(椹木野衣)=6月18日付西日本新聞朝刊に掲載=

 

椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。

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