九州、山口エリアの展覧会情報&
アートカルチャーWEBマガジン

ARTNE ›  FEATURE ›  連載記事 ›  【連載】山出淳也 アート、まちに出る 36

【連載】山出淳也 アート、まちに出る 36

Thumb micro 6f691dcb2f
山出淳也
2021/04/08
LINE はてなブックマーク facebook Twitter

スモーク

 僕が山口県宇部市の星空のもとに思い出したそれは、「スモーク」という映画だ。

 クリスマスになると決まって観たくなる。主演はハーヴェイ・カイテルだ。たばこ屋の店主オーギーは、同じ時間に同じ場所で写真を撮り続けている。10年以上、4千枚ほどの日常の記録。

 彼は、事故で妻を失った作家のポールに、それらの写真を見せる。適当にページをめくるポールに、彼は「同じようで一枚一枚違う」と注意する。丁寧に見直し始めるポール。やがて、その中に亡くなった妻の姿を見つける。

 いつもと変わらない風景は、ある人にとって特別な瞬間でもある。昨日から今日、今日から明日へと、切れ目なく時は続き、出会いや別れを繰り返す。同じ場所に立ち続け、目の前の風景を切り取るこの映画のカメラの存在と、羊屋白玉さんが宇部で描いた植物の物語が僕の中で重なった。何をも区別することなく受け入れる植物たちの眼差(まなざ)し。彼らは僕たち人類の営みをどのように見ているのだろうか。

 映画の中で、あることからオーギーは盲目のお婆(ばあ)さんの家に向かう。彼女はオーギーを自分の孫だと勘違いし、オーギーも孫のフリをして食事を共にする。クリスマスの夜だった。お婆さんは声を聞いてすぐに別人だとわかっていたはず。でも彼女もその嘘(うそ)を信じるフリして、見ず知らずの若者との2人だけの時間を楽しんだ。やがてオーギーは、その家にあったカメラを拝借し、うとうとと幸せそうな顔をして休むお婆さんを残し、その家を出る。気が咎(とが)めていた彼は、数カ月後カメラを返しに行く。しかし、すでにそこにお婆さんの姿はなかった。

 受け止める人の心の中で、大切な物語へと育っていくとき、嘘と真実の境界線は曖昧になる。芸術の一つの役割ってそういうことかもなって思う。

 大きな宇宙の片隅で、煙のように現れてはやがて消えていく僕たちの存在。その誰にとっても、いつだって特別な瞬間。あなたは今日、どんな1日を過ごしますか?(やまいで・じゅんや=アーティスト、アートNPO代表。挿絵は鈴木ヒラクさん)

=(12月25日付西日本新聞朝刊に掲載)=

おすすめイベント

RECOMMENDED EVENT
Thumb mini 5b7f61eb8b
終了間近

BASE GALLERY HAKATA
⻄川勝人個展「ノクターン」

2025/03/28(金) 〜 2025/05/20(火)
BASE GALLERY HAKATA

Thumb mini 8f4137e089
終了間近

The ma.macaron Cat Hotel

2025/05/03(土) 〜 2025/05/20(火)
合同会社書肆吾輩堂

Thumb mini 2fac2ea3db

福岡ミュージアムウィーク2025
初めてのベビーカーツアー

2025/05/21(水) 〜 2025/05/22(木)
福岡市美術館 コレクション展示室

Thumb mini 12f2a7f709

第35回九州産業⼤学美術館所蔵品+展 「巴里、ルオー、ザッキン。」 + 「元倉眞琴 集まって住む」関連イベント
アート・トーク「建築がもたらす共同体と孤独」

2025/05/24(土)
九州産業大学15号館102教室

Thumb mini 9ba6134a20

福岡ミュージアムウィーク2025
建築ツアー

2025/05/24(土)
福岡市美術館

他の展覧会・イベントを見る

おすすめ記事

RECOMMENDED ARTICLE
Thumb mini f18f529dfa
連載記事

【連載】山出淳也 アート、まちに出る 35

Thumb mini 6874e9f8e0
連載記事

【連載】山出淳也 アート、まちに出る 34

Thumb mini 8bddfe4966
連載記事

【連載】山出淳也 アート、まちに出る 33

Thumb mini 361df4acd0
連載記事

【連載】山出淳也 アート、まちに出る 32

Thumb mini 64aa1f0049
連載記事

【連載】山出淳也 アート、まちに出る 31

特集記事をもっと見る