江口寿史展
EGUCHI in ASIA
2024/11/09(土) 〜 2025/01/12(日)
福岡アジア美術館
2021/11/23 |
ふだんから公募展の審査を頼まれる機会が多いのだが、その進め方も感染者数の波に大きく左右されている。応募書類をデジタル・データ化し、面談はリモートで行ったケースもある。だが、絵画や彫刻といった美術作品の場合、最終的に実作を見ないことには判断しようがない。映像や写真がアートの重要な一角を占めるようになった現在でも、それは変わらない。プリントやモニターで見るだけでは作品にならない。実空間でそれがどう展示されるかに手腕が問われている。それなら感染症拡大防止を施して行うしかない。
先日もキヤノンが主催する新人の登竜門「写真新世紀2021」のグランプリ選出のための公開審査会に審査員のひとりとして加わった。1991年に始まったこの写真のための公募展の最終審査は、事前に決定された優秀賞受賞作家がグループ展のかたちで展示を行い、併せて本人が、審査員や報道陣、関係者、一般の来場者を前に壇上に昇りプレゼンテーションを行う。いわば劇場型の審査なのだ。コロナ禍ではハードルが高い。
もっとも、対応は応募の時点から始まっている。個人的にもっとも心配したのはコロナ禍でモチベーションが落ち、応募者が減るのではないかということだった。しかし蓋を開けてみれば、総応募者数は過去最大の2191名となった。データでの応募が可能になり利便性が高まったのか、それともコロナ禍で在宅の制作時間に余裕が出たのか、はたまたこの機会に過去の制作を振り返るきっかけが生まれたのか、それはわからない。いずれにしてもコロナ禍での公募展での応募は、私の知る限り軒並み活性化している。
東京都写真美術館で行われた「写真新世紀2021」の公開審査も、会場はほぼ満席の活況だった。ただし、南アフリカとシンガポール在住のノミネーターは来日が困難で事前収録でのプレゼンテーションだったし、アメリカとシンガポールからの審査員の講評も同様だった。しかし、公開審査の様子はYouTubeを介しライヴで世界配信され、収録された過去とライヴの現在が入り混じる。こうした対面と間接、収録と中継の混在は、パンデミックの収束にかかわらず、今後も促進されていくのだろう。
そんななかグランプリを受賞したのは、賀来庭辰氏による『THE LAKE』と題された映像作品だった。コロナ禍の冬、3カ月にわたり標高千メートルを超える山々に囲まれた群馬県の榛名湖で過ごし、湖が凍ってから解けるまでの景色を、ひと気の失せた無言のモノクロで淡々と記録した映像は、コロナ禍でのキーワードであった隔離と対話の変容、制御不可能な自然を見事に捉えていたと言っていい。
興味深かったのは、グランプリ受賞作に限らず、登壇した作家たちのうち、かなりの割合で制作のモチーフが「水」に求められていたことだ。湖だけでなく荒川、渋谷川といった河川、さらには抽象的なものだが沼をタイトルに付すものもあった。ただし海はない。
これはいったいなにを意味するのだろう。たんなる偶然だろうか。だが、コロナ禍での衛生環境で水がことのほか重視されたのは、手洗いの例を出すまでもない。本連載でも禊などの儀礼で真水が不可欠であることに触れたこともある。
だが他方で水は流動的で止まることがなく、揺るがない大地とは正反対にある。水害も数知れないいま、それがコロナ禍での新たな不安の表象でないとは言い切れない。(椹木野衣)
=(11月18日付西日本新聞朝刊に掲載)=
椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。
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