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【アート×映画】ゴヤの名画盗難事件を描いた映画『ゴヤの名画と優しい泥棒』 九州で所蔵されるゴヤの名画とともに紹介!

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秋吉真由美
2022/02/23
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 スペイン最大の画家、フランシスコ・デ・ゴヤ(1746-1828)。1961年、ロンドン・ナショナル・ギャラリーで実際に起きたゴヤの名画「ウェリントン公爵」盗難事件の真相を描いた映画『ゴヤの名画と優しい泥棒』が2月25日に公開されます。

©PATHE PRODUCTIONS LIMITED 2020

 

実際に起きたゴヤの名画盗難事件を映画化!

 舞台は1961年のロンドン。197年の歴史を誇り、世界中から年間600万人以上が訪れるロンドン・ナショナル・ギャラリーの2300点以上のコレクションから、ゴヤの名画「ウェリントン公爵」が盗まれた――。

 巧妙な手口から、ロンドン警視庁は国際的なギャング集団による犯行と断定するが、犯人はなんと、年金暮らしのタクシー運転手ケンプトン・バントン、60歳。彼が警察に出したのは「絵画を返して欲しければ、年金受給者のBBCテレビの受信料を無料にせよ!」と書かれた脅迫状。テレビが唯一の娯楽だった時代。ケンプトンは、自身と同じ高齢者の生活を少しでも楽にしたいと、盗んだ絵画の身代金を寄付し、公共放送(BBC)の受信料を無料にしようと企てたのだった。しかし、事件にはもう一つの隠された真相が…。

 主人公ケンプトンは、『アイリス』『ハリー・ポッター』シリーズなど数多くの作品に出演する名優ジム・ブロードベント。妻ドロシー役には『クィーン』『ワイルド・スピード』シリーズなどのヘレン・ミレン。監督は、『ノッティングヒルの恋人』のロジャー・ミッシェル。昨年9月に65歳の若さでこの世を去り、最後の長編映画作品となりました。

 イギリス中の人々はもちろん、世界のアートシーンも驚かせた事件を2人のオスカー俳優で紡ぐ同作。映画を見る前にぜひ、スペイン最大の画家、フランシスコ・デ・ゴヤ(1746-1828)について、思いを馳せるのもオススメ。九州にもゴヤの名画が複数所蔵されているのをご存知ですか? 長崎県美術館と熊本県立美術館が所蔵するゴヤ作品の一部を各館の学芸員の解説とともに紹介します。

 

ウェリントン公爵と同時代に描かれた作品も

 長崎県美術館(長崎県長崎市)では、220点のゴヤ作品を所蔵しています。稲葉友汰学芸員にゴヤの魅力と作品について解説をいただきました。

 

 ゴヤは、美術史上にその名を刻む、近代スペインを代表する画家です。18世紀末に首席宮廷画家としてスペイン画壇の頂点に立つなど長らく宮廷で活躍するなか、病に倒れ聴覚を失った1793年に前後し、王侯貴族らの注文によらない私的な制作に精力的に取り組むようになりました。

 宮廷での煌びやかな画業に並行し、自由気ままな発想と思索に基づくプライベートな制作を展開した二面性が、ゴヤの画業を特徴づけています。端的に言えば、輝かしい色彩と熟達した筆致が異彩を放つ肖像画を宮廷で手掛ける一方、その傍らでは黒を基調とした銅版画で当時の社会への痛烈な批判を表明してもいるのです。そこにはある種の光と影が宿っています。

 彼が生きたのは、産業革命やフランス革命、ナポレオンとの戦争がヨーロッパ全土を揺るがしたまさに激動の時代でした。その時代に透徹した眼差しをもって対峙し、画家として独自の想像力を豊かに発揮したゴヤ。後世に残る彼の作品群は未だ明かされぬ謎に満ちつつ、多くの人々の心を惹きつけてやみません。

《雄牛の角で持ち上げられた盲人/神の報いがあろう、野蛮な遊び》
1804年以前(1867年刊) エッチング、アクアティント、ドライポイント/紙
長崎県美術館蔵

 この版画に表されたのは、黒い雄牛がその角で盲人のギター弾きを持ち上げる場面。首席宮廷画家の地位を得た後、50代後半のゴヤが手掛けた作品と目されています。ただし初版はゴヤ没後の1867年のこと、フランスの美術雑誌『ガゼット・デ・ボザール』から刊行されました。画面左下にはその雑誌名が記されています。一方、初版に先立ち、ゴヤが生前に刷ったとされる試し刷りも2点ほど残され、そのうちの一つには「ある盲人が雄牛の角に持ち上げられたが、彼は通りがかりの親切な人が自分を運んでくれたのだと勘違いした」という意味の銘文がフランス語で書き込まれています。主題の設定に鑑み、日常から派生したゴヤの想像力を垣間見ることができるでしょう。

 

《戦争の惨害》『戦争の惨禍』第30番
1810-14年(1863年初版)
エングレーヴィング、エッチング、ドライポイント、バーニッシャー/網目紙
長崎県美術館蔵

 ゴヤが手掛けた2番目の銅版画集『戦争の惨禍』は、1808年に勃発した対仏独立戦争を契機に制作された作品(近年では1810-15年制作とみる説が有力)。ナポレオン率いるフランス軍がイベリア半島を蹂躙(じゅうりん)するなか、ゴヤは画家として本版画集の制作に乗り出しました。そこでは敵味方に関係なく戦争のもたらす暴力性や飢餓、政治の不条理などが表されています。ゴヤもまた間近に戦禍を見ていたのであり、その悲惨さを本版画集で訴えかけているのです。

 映画に登場する肖像画のモデルになったウェリントン公爵は、この戦争でイギリス軍を率いて武勲を挙げた人物。イギリスからの援軍がもたらした戦局の変化により、フランス軍は首都マドリードから撤退、その際同市に入場したウェリントンを描いたとされるのが、ロンドン・ナショナル・ギャラリーが所蔵する肖像画です。つまり、その肖像画(1812年夏頃制作)は『戦争の惨禍』と同時代に手掛けられた作例であり、この戦争が図らずもウェリントンとゴヤを結び付けたといえます。

 

《明るい背景のマハ》
1824-28年頃 エングレーヴィング、エッチング、アクアティント、ドライポイント/紙
長崎県美術館蔵

 マンティーリャをかぶり腰に手を当てた女性の姿が表されています。タイトルにある「マハ」とはスペイン語で伊達な女性を意味する言葉。ちなみに「マホ」だと伊達男となります。本作は非常に珍しく、表裏に図像が彫られた一枚の銅板(現ボストン美術館所蔵)を版としています。片面には本作、もう一方には黒の背景に同じくマハの姿が表されました。それぞれ左右反転の図であることなどを踏まえれば、2枚1組で制作されたと考えるのが妥当でしょう。年記はないものの、ゴヤの最晩年、フランスのボルドーで過ごした時代(1824-28年)の作と考えられています。刷られた数の少ない貴重な作例です。

 

  • 長崎県美術館
  •  
  • 長崎市出島町2-1
  • TEL:095-833-2110
  • 開館時間:10:00〜20:00 
  • 休館日:第2・第4月曜(祝休日の場合は開館、翌日休館)、年末年始

 

 

熊本県美では80点のゴヤ作品を所蔵

 熊本県立美術館(熊本県熊本市)では、ゴヤの四大連作銅版画集の一つ『ロス・カプリチョス(気まぐれ)』(全80点)を所蔵しています。香月比呂学芸員にゴヤの魅力と作品について解説をいただきました。

 

 動乱のスペインを画家として生きたゴヤ。その魅力は何と言っても卓越した技量と無限の想像力をもって生み出された作品の数々にあるといえるでしょう。首席宮廷画家の名にふさわしい巧みな肖像画から、当時の社会を痛烈に、そして生々しく描き出した銅版画集まで、彼の作品は、まさにそのドラマティックな生き様と激動の時代を鏡のように映し出しています。

《自画像(画家フランシスコ・ゴヤ・イ・ルシエンテス)》
1797-1798年 エッチング、アクワチント、ドライポイント、エングレーヴィング・紙
熊本県立美術館蔵

 版画集『ロス・カプリチョス』の冒頭を飾るゴヤ自身の肖像画。当時のスペイン社会の堕落と蒙昧を痛烈に批判した『ロス・カプリチョス』は、そのあまりにあからさまな内容から、異端審問所の告発を恐れた画家自身によって、出版後すぐに回収されてしまいます。どこか不満げで不機嫌そうな画家の表情は、そんな本作の精神を体現しているかのようです。

 

《理性の眠りは怪物を生む》
1797-1798年 エッチング、アクワチント・紙
熊本県立美術館蔵

 もともと『ロス・カプリチョス』の扉絵として構想された本作。机に伏せて眠る男の背後では、コウモリやミミズクなどの闇に生きる動物たちがうごめいています。彼らは眠り(=理性の喪失)によって生み出された怪物なのでしょうか、あるいはあらゆる芸術の源となる想像力の象徴なのでしょうか。

 

《彼女は飛び去った》
1797-1798年 エッチング、アクワチント、ドライポイント・紙
熊本県立美術館蔵

 中央で羽ばたく黒いドレスの女性の容貌は、ゴヤと親密な関係にあったとされるアルバ女侯爵を思わせます。彼女の髪を飾る蝶の羽は無節操の象徴。ゴヤはこの頃、彼女との身分違いの恋に破れ、精神的な痛手を負っていたと言われています。

 

  • 熊本県立美術館[本館]
  •  
  • 熊本市中央区二の丸2
  • TEL:096-352-2111
  • 開館時間:9:30〜17:15(入館は閉館の30分前まで)
  • 休館日:月曜(祝休日の場合は開館、翌日休館)

 

 

 九州に所蔵されるゴヤ作品の数々、いかがでしたか。映画『ゴヤの名画と優しい泥棒』は2月25日に公開です。どうぞお見逃しなく。

映画『ゴヤの名画と優しい泥棒』公式サイトはこちら

 

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