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国宝 鳥獣戯画と愛らしき日本の美術 いとしさの源流<中>動物絵画は時代を超え【コラム】

2022/09/05 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

■連載<上>はコチラから

 江戸時代中頃に京都で活躍した画家、長沢盧雪(1754~99)の生涯には、伝説めいた逸話が多い。

 「師匠に3度にわたって破門された」「絵を売って得た金を一夜で使い果たした」などは序の口。ある時、さる大名家の殿様に依頼されて絵を描いた。完成品を持参したところ、応対した家臣が値引きせよという。腹を立てた盧雪は絵を他へ売ってしまい、値切った家臣はその責任を取って切腹させられた。

 他にもある。特技のこま回しを殿様の前で披露中、投げ上げたこまが自分の目に刺さった。血を流しながら演技を続け、片目の視力を失った。さらにその死を巡っては、恨みやねたみから来る毒殺説までささやかれた。

 自信家で気性が激しく天才肌。そんなキャラクターは小説の主人公にもうってつけだろう。司馬遼太郎に「蘆雪を殺す」(1965年発表)という短編がある。作中の盧雪は貧乏だ。家賃は半年、そば屋の支払いは1年たまり、40歳にしてすでに何人目かの女房に逃げられている。そのくせ意気は盛んで、酔えば画壇の大家をののしり、自分の批判に対しては「凡庸なやつの目にはわからぬ」と思っている。

長沢盧雪「唐獅子図屏風」(佐賀県立博物館蔵)

 盧雪の画風を物語るのが「唐獅子図屏風」。横約3・5メートルの大作で、獅子のたてがみや尻尾は筆をたたきつけたかのように荒々しい。ぐいと踏ん張った前脚や横に向けた顔は、猛スピードで駆けてきた獅子が何かに気付いて立ち止まった瞬間だろうか。ざざっ、と音が聞こえてきそうだ。表情は恐ろしげで、こちらを思い切りにらみつけ、口からはよだれのように墨が垂れている。「唐獅子―」と同名の作品は盧雪の200年ほど前を生きた桃山時代の絵師狩野永徳にもあり、現在国宝になっているが、盧雪の本作には永徳の作品とは違った迫力がある。

 盧雪は篠山藩(兵庫県)の藩士の子に生まれた。出自や前半生には不明な点も多い。画家を志し、写実を重視して人気を誇った円山応挙(1733~95)に入門した。盧雪の特徴は、写実性より躍動感を重視した奔放な筆遣いと大胆な構図。師匠とは一線を画している。わずか3センチ四方の極小な絵、指や爪で描いた絵も残すなど、技巧もすさまじかった。

 意表を突く作品の数々は武勇伝じみたエピソードと結びつけてしまいそうになるが、それは早計だ。「逸話に確証や根拠があるわけではありません」。盧雪に関する著書がある福田美術館(京都市)の岡田秀之学芸課長はきっぱりと言う。

 実際はどんな人物だったのか。岡田学芸課長によると、盧雪が書いた5通の手紙が残っている。知人への近況報告や贈り物へのお礼、絵の修正依頼に対して希望通りに直したことを連絡する手紙から伝わるのは、ごく普通の穏やかな人柄だ。「気難しさやとっつきにくさは感じられない。酒席で描いた作品も残っているので、そういう場に呼んでもらえる人だったと想像できる」と岡田学芸課長。まことしやかに語られる過激な人物像はうのみにしない方がよさそうだ。それだけ盧雪の絵と人物が個性を放ち、当時の人々に強い印象を残したのだろう。

長沢盧雪「狗子図」(摘水軒記念文化振興財団蔵、府中市美術館寄託)
円山応挙「猛虎図」(摘水軒記念文化振興財団蔵、府中市美術館寄託)


 盧雪はよく動物を描いた。荒々しい「唐獅子図屏風」と対照的なのが「狗子図」。7匹の子犬が体をくっつけてじゃれている。小さな目、ふわふわした感触が伝わってくる丸っこい体。手前の2匹は体を伸ばし、左から2匹目は気持ち良さそうに眠っている。画面上部に浮かぶおぼろげな月が、子犬たちのリラックスした様子を演出している。

 同じ時代、多くの画家が動物を好んだ。ふさふさとした毛並みや波打つような形状の模様がリアルな「猛虎図」を残した応挙は、虎の毛皮の写生にも取り組んだという。

 人の目を驚かす作品で今日知られる「奇想」の画家たちも、多彩な動物絵画を描いている。代表格の伊藤若冲(1716~1800)は鶏を得意とし、庭で数十羽飼育していた。「鶏図」は、筆を軽く掃いたような体と尾羽、どこか間の抜けた表情が面白い。同じく奇想の画家に数えられる曾我蕭白(1730~81)の「竹に鶏図」は、目を見開いた鶏が太い足を地に着けた堂々たる立ち姿。同じ動物でも作者によって印象が違い、見比べるほどに味わい深くなる。

伊藤若冲「鶏図」
(熊本県立美術館蔵)
曾我蕭白「竹に鶏図」
(摘水軒記念文化振興財団蔵)


 日本の美術において動物たちは、鳥獣戯画が制作された平安時代から、奇想の画家が活躍した江戸時代まで、時代を超えて描かれ続けた。

 福岡市美術館の宮田太樹学芸員によると、動物は古い時代には宗教美術によく登場し、時代とともにその枠にとどまらない動物絵画が増えてくる。宮田学芸員は「動物を描く動機は、初めは祈りが主だった。時代とともに愛情が加わり、多様な動物たちが描かれることになったのではないか」と解釈する。

 江戸時代に動物絵画が花開いたことには、社会の変化も関係していた。江戸絵画にも詳しい福田美術館の岡田学芸課長は「裕福な市民が増え、絵を買って楽しむ層が公家や大名以外にも広がった。そのため、特別な教養がなくても理解しやすい動物がよく描かれた」と指摘する。

 盧雪や応挙らの描く動物は宗教的な意味合いを示すというよりは、画家が見いだした愛らしさや力強さを新鮮な感動とともに表現しているように見える。肩の力を抜いて対面すればいい。難しい説明は要らないし、年齢や言語も関係ない。
動物は懐が深い。(諏訪部真)

=(9月3日付西日本新聞朝刊に掲載)=

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