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加耶 不思議の国々<上>競争と共存 多様性育む【コラム】

2023/02/13 LINE はてなブックマーク facebook Twitter
池山洞古墳群は、尾根筋を中心に大加耶の王などの墓が大小約700連なる=韓国・高霊郡

 山頂から見下ろした山々の尾根に、大小の「ぽっこり」がずらりと数百個、はるか先まで連なっていた。

 韓国・釜山から車で約3時間の内陸部、高霊(コリョン)郡。山あいから山頂へ続く遊歩道を登ること40分、息をのむ不思議な景色が広がった。「ぽっこり」の一つ一つが、古代この地を支配した大加耶という国の王たちの墓。約700の墓が密集する池山洞(チサンドン)古墳群は、韓国でも知る人ぞ知る絶景だ。長らく「幻の国」と呼ばれていた国の風景を探して、昨年12月、韓国南部を訪れた。

 加耶は、日本の古墳時代に当たる3世紀後半から562年の間、朝鮮半島南部にあった国々の総称。鉄生産と海上交易で栄え、「金官加耶」「阿羅加耶」「小加耶」「大加耶」などがある。同じ頃の半島は、高句麗、新羅、百済が勢力争いを繰り広げていた「朝鮮三国時代」。その片隅でひととき栄えた加耶の歴史資料は少なく、多くが謎に包まれていた。だが近年、高い技術で織りなされた多彩な加耶文化と、当時「倭(わ)」と呼ばれていた日本との親密な関係が明らかになってきた。

      *
 耳に装着する環から球や葉っぱ形の飾りが垂れ下がり、小さな装飾が鎖でいくつもつながる―。加耶の遺跡から発掘された金製の耳飾りは、一つ一つに細かい細工が施され、キラキラと複雑な輝きを放つ。中には木の実形の垂れ飾りが目を引く物も。英国のファッションブランド「ヴィヴィアン・ウエストウッド」のアクセサリーをほうふつさせる。

金製耳飾り 陜川玉田M4号墳出土           (6世紀前半、韓国国立晋州博物館蔵、片側)

 「加耶のアクセサリーには、現代に全く引けを取らない意匠が見られる」と、国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)の高田貫太教授は語る。加耶諸国の中で、貴金属のアクセサリーを多く生み出したのが大加耶だ。王たちは、きらびやかな服飾品で権力を示し、各地の有力者にも贈った。中でも耳飾りは、百済や新羅とは異なる特徴の「大加耶ブランド」として流行した。

 倭の権力者たちもまた、大加耶ブランドに魅了された。高田教授によると、貴金属アクセサリーをいち早く日本に広めたのが加耶だった。同じ特徴の耳飾りが、加耶と同時代の日本各地の遺跡から見つかっている。九州では、福岡県春日市の日拝塚(ひはいづか)古墳や熊本県氷川町の物見櫓(ものみやぐら)古墳などから出土している。

 アクセサリーは自己の美意識を満たし、贈り物とすれば他人をも喜ばせる。そうしたファッションの側面だけでなく、それが貴重な物であれば、身に着けている人間の属性や社会的地位を周囲に誇示する役割も有する。そう考えると、大加耶の王たちも自国の魅力を伝えて有利な関係を築くために、意匠を凝らした「ブランド」を贈ったのかもしれない。もらう側も素晴らしいと感じたからこそ受け取り、活用したのだろう。

 交錯する人々の思惑と、武力だけでなく「魅力」で紡がれる政治関係が見えてくる。九州の権力者たちもアクセサリーを着けて「これ、大加耶最新モデルの一点物」なんてマウントをとったりしたのだろうか。
      *
 福岡空港から飛行機で1時間足らず、韓国南部の空の玄関口である金海(キメ)国際空港(釜山市)。古代、その一帯は海を望む港湾都市で、最初の加耶である金官加耶の本拠地だった。今は干拓されてマンションが立ち並ぶ平地に、始祖とされる首露王(スロワン)の墓や古墳群が点在する。それらの遺跡からは倭の土器や青銅器が出土し、海峡を挟んだ両国の交易を裏付ける。現代は高速船が結ぶ福岡―釜山の海路。その原点は、加耶の時代にさかのぼる。

 カモの頭に小さな人が乗った鴨形土器は、金官加耶の墓に納められた副葬品。古代、鳥は死者の魂を運ぶ存在とされていたそうだ。カモの体内は空洞で急須のようになっており、作り手の高い技術と遊び心を感じさせる。その愛らしさはフィギュアやトイカプセルとして、現代の土産店に並んでもおかしくないほどだろう。鉄や土器が盛んに生産された加耶では、それを使って動物や身近な物を表したり、地域独自の造形を施したりしている。

鴨形土器 金海望徳里Ⅰ-194号墓出土(4世紀、韓国国立金海博物館蔵)

 加耶の歴史を伝える国立金海博物館(金海市)の李春先(イチュンソン)学芸研究士は、加耶が生み出した文化の背景に地政学的な要素があったと分析する。新羅と百済のはざまにあった加耶の国々は、技術的、政治的に競争しながらも、新羅や百済と対峙(たいじ)した際には助け合って共存した。李学芸研究士によれば「多様性を認め合い、コラボレーションする」関係性が、オリジナリティーあふれる文化を育んだという。

 多様性がよく表れているのが土器。丸みを帯びた金官加耶、直線的な大加耶、ほっそりとした小加耶、独特の火焔(かえん)状の透孔(すかしあな)を持つ阿羅加耶など、地域別に明確な特徴がある。各地の「窯元」ごとに伝わる流儀があったのかもしれない。土器のスタイルが似通った新羅とは対照的だ。

 長い鉄板の縁にたくさんの鳥のような形の装飾が並ぶ有刺利器(ゆうしりき)は、「鉄の王国」と呼ばれた加耶の鉄文化を象徴する出土品の一つ。圧倒的な存在感は、まるで現代のアート作品のようでもある。加耶の物作り職人たちは、表現することも純粋に楽しんでいたのだろうか。
 

有刺利器 咸安道項里(文)10号墳出土   (4世紀末~5世紀前半、韓国国立金海博物館蔵)

 加耶の遺物は素朴な造形美にあふれ、職人たちの繊細な指先まで感じられる。そして、どこか親近感を漂わせる。だからこそ、当時の倭人(わじん)のみならず、現代を生きる私たちの心も強く引きつける。 (川口史帆)

     ***
 古代東アジアにおいて、密接な交流を積み重ねた加耶と倭。その歴史をたどりながら、いにしえから悠久に続く日韓交流の原風景を探る。
=㊦はこちら 

=(1月28日付西日本新聞朝刊に掲載)=

 特別展「加耶(かや)」 3月19日まで、福岡県太宰府市の九州国立博物館。西日本新聞社など主催。最新の研究成果に基づき、韓国宝物「金銅冠」など加耶文化の素顔に迫る装飾品や土器など273件を展示。観覧料は一般1700円、高大生1000円、小中生600円。月曜日休館。問い合わせはハローダイヤル=050(5542)8600。

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