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100億をも惜しまない稀代のパトロン 日本美術を世界に伝える|オークラコレクション展(下)【コラム】

2018/10/23 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

現在、九州国立博物館で、特別展「オークラコレクション」展(12月9日まで)開催されています。それに合わせ、収集の礎を築いた大倉喜八郎、喜七郎親子の美意識を2回に分けてたどります。(1回目(上)はこちら

​京都画壇をリードしていた竹内栖凰が出品した「蹴合」(1929年)
《蹴合》竹内栖鳳筆 昭和4年(1929)東京・大倉集古館 展示期間:10/2~11/4

奇妙な組み合わせだ。ルネサンス風の巨大建築に和風の空間をしつらえ、日本画の軸や屏風(びょうぶ)が並ぶ。1930(昭和5)年、イタリアの首都で開かれた「日本美術展覧会」(通称ローマ展)の様子である。
当時を代表する日本画家の横山大観や下村観山、川合玉堂ら総勢80人がこの展覧会のために描いた約200点を出品。近代日本の花形美術、日本画にとってまたとない、世界デビューの場となった。

日本的な雰囲気で鑑賞してもらうため、床の間も設けられたローマ展会場(大倉集古館提供)


日本画にふさわしい空間を演出するため大小16もの床の間を設け、日本から宮大工や生け花師範まで派遣。開会式には首相のムソリーニも出席した。物珍しさもあってか、約1カ月の会期中、欧州各国から7万6千人以上が来場した。
大観ら画家の渡航費や作品の輸送費、会場設営費などの総額は現在の金額で100億円とも言われる。負担したのは国でも企業でもない。大倉集古館を創設した大倉喜八郎の長男で、大倉財閥2代目の喜七郎が一人で丸抱えした。
時代は風雲急を告げていた。ローマ展の前年には世界恐慌が発生。翌31年には満州事変が起き、やがて泥沼の日中戦争、太平洋戦争へと日本は破滅の道を歩んでいく。そんな先行き不透明な時代、父が残した財産を自由に使える立場とはいえ、「2代目坊ちゃんの浪費」だけでは説明のつかない大盤振る舞いだろう。
発端は日本趣味に傾倒したムソリーニが純日本風家屋を造らせていると伝え聞いた喜七郎が屏風を贈ったこと。準備段階では日本の政治家も関わったという。政商として財を成した大倉財閥が政府の意をくんで動いた面はあったろう。
「日独伊同盟の地ならしであり、喜七郎にとっては仕事上の、ムソリーニには日本との政治的な結びつきの一手段でもあった」。ローマ展に関する評論もある美術評論家の草薙奈津子・平塚市美術館長は指摘する。後に喜七郎は戦闘機をつくっていたイタリア企業の日本代理店となり、展覧会自体、第2次大戦に向け次第に顕著となる日伊友好のデモンストレーションとなった。


父の喜八郎が古美術を収集することで文化財を保護した「守り」の人だとすれば、息子の喜七郎は新しい日本文化を世界に発信した「攻め」の人と言える。
乾物屋の奉公人からたたき上げた父親と違い、喜七郎は英国留学で身につけた教養や貴族的な物腰で、周囲から「バロン(男爵)」と呼ばれていた。趣味は美術収集以外にも自動車、囲碁、音楽と幅広く、どの分野でも一家言を持つ多芸の人だった。
喜七郎の立場は、新しい文化や芸術を生み出すために当代の芸術家を支え育てるパトロンとしての性格が強い。古美術より現役作家の仕事に目を向けたのは、当代の日本美術を正しく海外に紹介し、かつ国威発揚につなげたいとの願いゆえだろう。

大倉喜七郎(1882~1963)

明治以降、日本は列強に対抗するため西洋化の道を進む半面、日本固有の文化や伝統の位置付けに苦慮してきた。それは西洋の「進んだ文化」と自国の文化にどう折り合いを付けるかという、留学中の喜七郎の悩みでもあった。長年、大倉親子を研究する東京経済大学の村上勝彦名誉教授は「西洋文化を吸収するのと比例するように日本文化の認識を深め、思い入れを強めた」とみる。
喜七郎の思いは、ローマ展を前に記した開催趣意書にもにじむ。「明治維新以降外来の新奇なものにとらわれて日本固有の特色を失いかけている」と指摘。近代日本画の隆盛期を迎えたという自負や欧米崇拝への警鐘を書き連ね、ローマ展開催による日本美術発展への期待も込めている。


展覧会実現にはもう一人立役者がいた。喜七郎も心酔していた横山大観だ。当初は古美術の展示も想定していた喜七郎に対し、洋画の対抗軸としてグローバルな魅力を持つ日本画展という構想を勧めた結果、当時国内では分裂していた院展系と帝展系の画家が一堂に会するオールスター展が実現した。

ローマ展の団長だった横山大観の「夜桜」(1929年、左隻部分)。日本の美を欧州に伝えようという強い意気込みを感じる
《夜桜(左隻)》横山大観筆 昭和4年(1929)東京・大倉集古館 展示期間:11/6~12/9

 

出品作品は今日、各画家の代表作と評されるものが多い。大観の「夜桜」は、桃山期の絢爛豪華(けんらんごうか)な大和絵障壁画に通じ、古典を咀嚼(そしゃく)して同時代に適した日本画を生みだそうとした力作と称される。他の画家も従来得手(えて)としていたジャンルや画風にこだわらず、伝統的な東洋画や日本画の系譜に立ち返りながら自らの芸術に昇華させようと挑んだ。
大倉集古館の田中知佐子主任学芸員は「海外で、過去に例を見ない大規模な展覧会に参加するという高揚感が従来の作風を超えた大作を描かせた」と語る。
喜七郎自身は大金を提供しながら、現地に赴くこともなく黒子役に徹した。展覧会後は現地に残した作品以外を買い上げ、それが現在、大倉集古館に所蔵されている。
国家レベルの文化事業を軽やかに成し遂げる度量と実行力。父喜八郎の豪快さとはまた別の意味で、喜七郎もまた豪快そのものの人だった。 (佐々木直樹)=10月13日 西日本新聞朝刊に掲載=

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