特別展「王羲之と日本の書」
2018/02/10(土) 〜 2018/04/08(日)
09:30 〜 17:00
九州国立博物館
木下貴子 2018/03/15 |
小中学校の教科で「書道」を習い、大人になっても正月の書き初めは欠かせないという人もいたりと、「書」は日本に根付く慣習の一つである。遡ること1300年前の奈良時代。日本人と文字が本格的にかかわりはじめたこの時代、日本において中国で4世紀に活躍した王羲之の書が憧れの手本だったという。書をたしなむ方には説明するまでもないが、この王羲之こそ、楷書・行書・草書の各書体を洗練させ、今に至るまで書法の最高の規範となり、「書聖」とあがめられているのだ。
本展は、その王羲之を源泉とする日本の書の流れを紹介する展覧会。書はちょっと難しそう……という声も聞こえてきそうだが、そんなことはない。私も書はまったくの門外漢なのだが、この展覧会で書の見方が変わった。書は筆と墨と紙の芸術と言われるが、まったくその通り。書はアートである。この視点をベースに本展のレポートをお届けしたい。
●「読む」ことにとらわれず、書をよく「見て」楽しむ
本展をわかりやすく、また楽しめるようにナビゲートしてくれるのが、会場内に多数設置されている解説パネル「楽しみま書!」だ。そこには、書の鑑賞には「読む」ことと、「見る」ことの二つがあり、「読む」ためにはまず「見る」ことが大切と書かれてある。文字をみるとつい読みたくなるのが心情だが、この言葉をうけ、はじめから「見る」に気持ちを切り替えてみると……あら不思議。難しいと思う気持ちが薄れ、書がまるで絵のようにも見えてきた。
●「書聖」王羲之のすごさ
「楽しみま書!」によると王羲之の自筆の書は数々の戦乱などで失われ、実は一つも残っていないそう。それでも「書聖」とあがめられるのは、日常の書体として使われる三つの書体(楷書・行書・草書)の手本にされたという実績に加え、彼の書が時代を超えて評価され続けた芸術品であるという点にある。当時からニセモノが出回ったり、熱狂的なコレクターが精密な複製を作らせることがあったという。
本展では遣唐使が持ち帰ったという、その王羲之の書の超絶技巧的な世界屈指の複製が展示されている。書の美しさはもちろん、筆の毛先1本1本まで正確に写し出されたその高い技術力も圧巻。なんでも輪郭をなぞって、中を墨で埋めたのだとか。ほんとですか?と目を疑いたくなる。
●筆のスピード、墨の濃淡
線の太さで筆のスピードが分かり、墨の濃淡で筆跡が分かるというのもおもしろく「見る」ポイントだ。細い線は速く、太い線はゆっくり書かれているという。墨の色も黒とはいえ濃淡があり、穂先の先が一番濃くなるためその線をたどると筆の動きがはっきりわかるというのだ。よくよく見ると、筆跡の重なりや、書いている途中で墨継ぎされているのもわかる。
こちらは行の高さに変化をつけた"散らし書き"で『古今和歌集』を書写した冊子本の一部。ほぼ正方形の色紙の中に藤原良房の1首を書いたものだが、墨色の変化を見ると途中で墨継ぎすることなく書き上げられていることがわかる。
●かなと漢字の調和に、日本の書の美をみる
9世紀後半の平安時代、漢字の草書体から生み出された一字一音の「かな」。このかなと和様の漢字の組み合わせに、日本独自の書の発展をみることもできる。これらが美麗に装飾された料紙と調和して、えもいわれぬ雅な表現となる。
●個性あふれる手書き文字。書から人となりが伝わってくる
筆勢、筆圧、墨色の変化や運筆のリズム感、それに料紙との組み合わせ。どれをとっても十人十色であり、だからこそ書は人の感覚に基づく心の動きそのものであり、芸術なのである。最後に顔の見える4つの書状を紹介したい。
何をかくそう、これらは誰もが知る歴史上の人物たちの手による書状が並べて展示されたものである。
非常に少ない信長自筆の書状の一つ。強さと緻密さをあわせ持つ。
信長の姪であり、豊臣秀吉の側室であった淀殿自筆の書状。
ドラマなどで美しく凛と描かれることが多い淀殿だが、それがイメージできるような筆跡だ。
淀殿(茶々)を姉にもつ常高院(お初)が、妹の崇源院(お江)に宛てた書状。
次から次に生まれ出て来るかのようにみえる文字。筆先からあふれるような妹への想いが感じられる。
隻眼であったことを感じさせないほどに明るく個性的で伸びやかな筆致を展開。
政宗の豪傑な印象が変わったと感じるのは筆者だけではないはず。
字をみればその人がわかるとよくいわれるが、私たちがメールやSMSでふだん使っている「打つ」文字とは違って、手書きの文字には個性がある。本展では、書を通してはるか昔の人たちと邂逅するかのような感覚をえられる。と同時に、書は見られる前提で書かれた芸術ということも改めて実感できる。1300年前から脈々と受け継がれてきた日本の書、美、そして筆者の心の躍動をあらわすアートを存分に味わっていただきたい。
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