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王羲之とは何者か 九州国立博物館長・島谷弘幸寄稿【コラム】

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アルトネ編集部
2018/04/02
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「妹至帖」 九州国立博物館所蔵
(搨摸)唐時代・7~8世紀  (原跡)王羲之筆 東晋時代・4世紀

書にさほど興味がない方も王羲之(おうぎし)の名前は耳にしたことがあろう。中国の東晋時代、4世紀に活躍した人物で、本来は政治家として活躍したが、書を能(よ)くしたことから「書聖」の名で呼ばれ、世界で最も著名な能書である。

王羲之の没後、唐の太宗皇帝は彼の書を尊重するあまり、伝世する作品を徹底的に手許に集めて鑑賞したという。その後、太宗の崩御に際して、収集した王羲之の代表作「蘭亭序」などを一緒に埋葬したと伝えられる。ほかの遺品も極めて残念ながら、伝存しない。

このため、いま残されている王羲之の書は、彼の作品を臨書したもの、その拓本、そして〝双鉤填墨(そうこうてんぼく)〟の遺品によって知られるのみである。双鉤填墨は、太宗が王羲之の魅力を共有すべく、宮中で羲之の書を敷き写しにして、文字の輪郭を墨の線で写しとって模写させた極めて精巧なものである。筆の滲(にじ)みやかすれに至る毛筋の一本一本、虫損(ちゅうそん)までを再現している。これを、臣下や交流のある近隣の国々に分け与えた。

平安時代の歴史書『扶桑略記』によれば、鑑真は渡来に際して王羲之の真跡を持って大宰府に到着したという。真跡とあるが、おそらく光明皇后が聖武天皇の七七日の法会(天平勝宝8歳6月21日)に際して天皇ゆかりの品々とともに東大寺に献納した「搨(とう)晋右将軍王羲之草書巻第一」ほか書法20巻の「搨」(写すという意味)の作品に含まれていたとも考えられる。

これらの複製が何らかの原因で散逸し、奇跡的に伝存するのである。現在、世界で10例を数えるのみであるが、何とわが国に4例が伝存している。九州国立博物館で開催中の特別展「王羲之と日本の書」に、「喪乱帖(そうらんじょう)」、国宝「孔侍中(こうじちゅう)帖(じょう)」、「大報帖(だいほうじょう)」、「妹至帖(まいしじょう)」という4作品すべてが集まっている。

「妹至帖」は中国に戻りかけた時期もあったが、一昨年、九州国立博物館の所蔵となった。料紙に微量の金箔(きんぱく)片や雲母(きら)片が見られるのは、伝来途次に古筆手鑑(てかがみ)(名筆のアルバム)に貼付されていたことをうかがわせる。隣り合う台紙の作品が写り込んだのであろう。

ところで、書の魅力は、造形と線質、全体の調和といえる。中でも筆力を感じるためには、自筆が無いと難しいと思うのが当然である。その自筆の作品が1点も確認されていない王羲之が、書聖と呼ばれるのは何故であろうか。

古代の甲骨文の時代において、文字は神と人を結ぶものであったが、次第に、それが伝達や思想を表現する実用のものとして定着していく。そうした時代を経て、早く美しくという時代の要求を満たすべく篆書(てんしょ)や隷書(れいしょ)ができた。そして草書や行書、その後に楷書が確立することとなる。

王羲之が登場したのはその過渡期であり、当然ながら美の要素は含まれながらも実用が中心であった。その時代にあって、彼は書を芸術の域まで引き上げた存在であったからこそ、高い評価が与えられている。ただ、美しいというのではなく、漢字文化圏における教養を基盤とした上での芸術という観念である。

臨書や拓本によって、ある程度、王羲之の造形の美しさや全体の調和といった美意識は伝えられる。加えて、双鉤填墨という高い技術を要する模本作成によって、王羲之書法の真髄(しんずい)の近くまでが再現されたことが何より重要なのである。時空を超えて尊重・愛玩され、日本の書法の確立に大きな力となった作品が、この九州にあることをともに喜び、出来れば足を運んで実感していただきたい。(島谷 弘幸)=3月29日西日本新聞朝刊に掲載=

※「喪乱帖」、「大報帖」の展示期間は終了いたしました。ご了承ください。


 

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