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遮られる世界 パンデミックとアート 椹木野衣<17>【連載】予言的なChim↑Pom㊦ 21世紀に突如暴露された 隠された都市の野蛮な顔

2020/06/26 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 日本からのアーティスト集団、チンポム(Chim↑Pom)が英国はマンチェスター、ヴィクトリア駅の地下でもくろんだのは、どんなことだったか。

A Drunk Pandemic was created by Chim↑Pom and curated by Contact Young Curators for the 2019 Manchester International Festival.A Drunk Pandemic was commissioned and produced by Manchester International Festival and Contact.Photo by Michael Pollard


 この駅の地下には、かつて19世紀に産業革命が進むなか、急速に人口が増え、貧富の差が拡大し、都市の衛生環境が悪化するなかで、起こるべくして起きたコレラの蔓延(まんえん)で亡くなった4万人にも及ぶとされる犠牲者が、墓碑も棺桶(かんおけ)もないまま眠っている。

 かれらは、打ち捨てられて廃墟となり、長く忘れられたこの場所に、オリジナル・ビール醸造のための工房を設置した。そして展覧会の会期中、トレーラー型の直営店を地上に開き、来場者へとふるまわれた。だが、公衆トイレを兼ねる店舗では、実はビールで酔った客たちの尿が下水として地下会場へ送られ、かれらはそれをセメントに混ぜてブリックを生産。街路や建物の修復材として、もう一度街へと広く戻された。

 なんて不潔な、と思うかもしれない。だが、私たちはそのような表現による挑発には敏感でも、街の主要なターミナルの地下で、かつて言葉を失うような野蛮がまかり通ったことは、すっかり忘れている。

 だが、今回の新型コロナウイルス感染症によるパンデミックの様子を見ていると、21世紀になった今なお、このようなことがいつでも起きうることを私たちは知った。死者との別れの儀式は極度に制限され、それどころか火葬が追いつかぬため、感染した屍体(したい)は都市のさなかで冷凍車に保存され、地域によっては深い穴を掘り、まとめて埋められた。なかには道で行き倒れたまま放置されることさえ起きたという。

 このように、激烈なパンデミックは、人間の文明が生み出した利便性の最大の産物である都市(メトロポリス)に、まるで原始時代に戻ったような野蛮な顔が隠されていることを、突如として暴露する。だが、これまでもチンポムは、もともと都市がその兆しと言うべきネズミやカラス、ゴキブリを絶えず駆除しようとする終わりのない過程とともにしか成り立たないことを、様々なプロジェクトを通じて明らかにしてきた。

 不潔なのではない。こうした害獣たちが都市に好んで生息するのは、ほかでもない人間がいるからだ。としたら、都市がもつ不衛生は、実のところ、かくも洗練された社会のシステムを誇る人間の、消すことができない裏の本性でもあることになる。

 言い換えれば、だからこそ私たちはそれを容易に認めることができない。それどころか、その温床とされる不道徳の兆候があると、根絶しようと懸命になる。いっそ記憶から抹消してしまおうとする。

 だが、パンデミック下にあったかつてのマンチェスターでは、不衛生な水よりも、熱処理をしたビールのほうがずっと重宝され、飲料水のように推奨されていた。水よりも酒のほうが健康にいいという本末転倒が起きたのだ。その結果、街には酔っぱらいがあふれ、かれらの不道徳な暮らしこそコレラ蔓延の原因と責められる一方で、それはごく日常的な衛生対策の帰結でもあったことになる。

 現在進行中の新型コロナウイルス感染症への対策でも、ことあるごとに夜の盛り場が取り上げられる。在宅勤務で酒量が増えたという話も随所で聞く。かつてのマンチェスターを舞台にしたチンポムのプロジェクト「A Drunk Pandemic」(酔いどれパンデミック)は、決して過去の話ではない。(椹木野衣)

=6月25日付西日本新聞朝刊に掲載=

 

椹木野衣(さわらぎ・のい)
美術評論家、多摩美術大教授。1962年埼玉県生まれ。同志社大卒。著書に「日本・現代・美術」「反アート入門」「後美術論」「震美術論」など。

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