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福岡アジア美術館開館20周年記念展<連載3>バリ絵画発展させた異邦人 闇に潜むミステリアスな存在感【コラム】

2019/10/28 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 アジアの近現代美術を専門に紹介する世界唯一の美術館として開館した「福岡アジア美術館」(福岡市博多区)が、開館20周年記念展覧会を開催している。各地に飛び込み、作品の収集や研究、交流を重ねてきた学芸員たちが、収蔵品の中から「アジア美術の100年間をたどる」との触れ込みで厳選した展示作品を紹介しながら、20年の歩みを振り返る。

 東南アジアのセクションに入ると、正面の壁に一点の小さな素描がある。遠くから見ると、全面が黒く塗りつぶされたように見えるが、近づいていくと次第にそれが木々の生い茂った風景だということに気がつく。人物や動物など描かれていない無人の絵なのに、なぜか寂しい感じはしない。

ヴァルター・シュピース《ボゴール植物園》1939年

 この絵は、ジャワ島にある「ボゴール植物園」を描いたものだという。ボゴールはインドネシアの首都ジャカルタの南にある街で、18世紀頃からオランダ人の入植地として整備されてきた。ボゴール植物園を描いた画家も、ヨーロッパから遥か離れたインドネシアにやって来た。
 名前をヴァルター・シュピースという。1895年、モスクワの裕福なドイツ人外交官の家庭に生まれ、音楽や舞踊にも才能を発揮したアーティストである。
 インドネシアにやって来たのは、第1次世界大戦後の1923年のことだった。ロシア人船員に偽装して船に乗り込み、約2カ月かけて当時バタヴィアと呼ばれていたジャカルタに到着する。その後、宮廷楽団の音楽監督としてジョグジャカルタに数年間滞在したが、バリ島に魅せられてこの島で暮らすようになった。
 バリ島での生活は、画家や音楽家として、またバリ文化の紹介者として幅広い領域にわたった。たとえば、バリ島独自のダンスとして観光客に大人気のケチャ。男たちが幾重にも取り囲み「ケチャ、ケチャ、ケチャ」とリズムを取るこのダンスは、じつはシュピースが創作したものである。
 活動の拠点にしたのは、領主のスカワティ家のもと、バリ芸術を手厚く保護していたウブドという町だった。本展にはそのスカワティ家が所蔵していた2点の貴重なカマサン絵画を展示している。

ヒンドゥー教における天地創造神話を描いたカマサン絵画《マンダラ山の回転》。作者、制作年不詳

 カマサン絵画というのは、16世紀頃からカマサン村を中心に発展したバリの伝統絵画。木綿の布地に墨と植物の種子からつくられた顔料を用い、宮廷や寺院の装飾用に描かれてきた。線描を主体にした平面的な描写に特徴があるが、その原型となったのは当時から人気のある人形影絵芝居の「ワヤン・クリッ」。それゆえワヤン様式とも呼ばれる。描かれるのは『ラーマーヤナ』や『マハーバーラタ』などヒンドゥーの叙事詩や説話で、現在もバリ島で制作されている。

ヒンドゥー叙事詩『ラーマーヤナ』に登場し、空を飛ぶ雄姿がしばしば絵画化されてきた人気のある軍神《ハヌマーン》 作者、制作年不詳 

 バリ・ヒンドゥーが息づくこの島において、シュピースはウブドの領主チョコルダ・スカワティや親しい画家たちとともに「ピタ・マハ(祖先という意味)」という画家協会を結成する。生き生きとした彼の絵画は、多くの画家に影響を与え、バリ独自の多彩な絵画様式の発展に寄与することになるのである。
 改めてシュピースの描いた《ボゴール植物園》を見てみよう。褐色の紙のうえに黒い鉛筆だけで描かれた木々の風景。確かに人の姿は一切描かれていない。しかし鬱蒼とした木々全体から、あるいはその背後の闇から、何かの気配を感じて仕方がないのだ。
 1939年の制作といえば、バリに移り住んで10年以上が過ぎた頃だ。神話と祝祭に彩られたこの島で、異邦人としてのシュピースはどのような月日を重ねたのだろうか。画家の鋭敏な感受性もさることながら、その何かを描かせたインドネシアという国への興味は尽きない。

(中尾 智路 福岡アジア美術館学芸員)

▼ヴァルター・シュピース《ボゴール植物園》1939年
▼ヒンドゥー叙事詩『ラーマーヤナ』に登場し、空を飛ぶ雄姿がしばしば絵画化されてきた人気のある軍神《ハヌマーン》。作者、制作年不詳
 =いずれも福岡アジア美術館蔵

=10月17日西日本新聞朝刊に掲載=

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