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国宝 鳥獣戯画と愛らしき日本の美術 いとしさの源流<下>「遊びをせんと」脈々と 【コラム】

2022/09/13 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

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国宝「鳥獣人物戯画 甲巻」の一場面。猿の僧侶の口から出る線は、漫画のふき出しのようだ
(京都・高山寺蔵、画像提供:東京国立博物館 Image:TNM Image Archives)

 動物たちがまるで人間のように戯れ合う国宝絵巻「鳥獣人物戯画(鳥獣戯画)」に、魅せられた現代のクリエーターは多い。

 漫画の巨匠、手塚治虫(1928~89)は、自身が鳥獣戯画に出てくる兎に追いかけられる漫画を、オマージュとして描いた。日本アニメを世界に知らしめたスタジオジブリは、鳥獣戯画に登場する動物が実際に動くアニメーションのCMを発表している。

 そんな中で鳥獣戯画を特に高く評価したのが、2018年に82歳で亡くなったジブリの高畑勲監督。小学6年の国語の教科書に「『鳥獣戯画』を読む」と題した一文を寄せ、魅力を解説している。

 墨一色、抑揚のある線と濃淡だけ、のびのびと見事な筆運び、その気品。みんな生き生きと躍動していて、まるで人間みたいに遊んでいる/十二世紀という大昔に、まるで漫画やアニメのような、こんなに楽しく、とびきりモダンな絵巻物が生み出されたとは、なんとすてきでおどろくべきことだろう/『鳥獣戯画』は、だから、国宝であるだけでなく、人類の宝なのだ

 着目した点の一つが、動物の口から描かれた線。鳥獣戯画甲巻では、相撲を取って兎を投げ飛ばした蛙や、蛙の仏像を前に僧侶の姿で何やら唱える猿の口から、「気」のようなものが出ている。前者は「ヤーッ」という気合の発声であり、後者は陶然とした念仏であろうか。

 「まるで漫画のふき出しと同じようなことを、(800年以上前の)こんな昔からやっているのだ」―。高畑監督はそう感嘆した。

 紙芝居のようにシーンが移り変わる配置といい、鳥獣戯画が、現代の漫画やアニメーションの「ルーツ」と位置付けられるのも、もっともである。


 そんな鳥獣戯画の最大の魅力は「遊び心のある自由な精神」と指摘するのが、福岡市美術館の中山喜一朗総館長。鳥獣戯画を含めた平安の四大絵巻のうち、「源氏物語絵巻」など他の三つは職業絵師が命じられて描いたものとみられ、高級な紙に豪華な色彩で描かれている。その対極にあるのが鳥獣戯画だ。「絵師が手元にあった紙に、思うがまま楽しんで描いたと考えられる」(中山総館長)

 にじんでしまいそうな手控えの紙に、絵の具も使わず墨の濃淡だけで、自由な発想の下、したためた絵物語―。描かれた平安末期から鎌倉時代、世は混迷していた。源平の争乱が勃発し末法思想がまん延した。

 「平穏無事に生きることすら難しい、人々があまり幸福ではなかった時代、鳥獣戯画のような自由闊達な作品が生まれた。それは日本人がどんな時代も遊び心のある自由な精神を持ち続けてきたことの証左では」と中山総館長は力説する。

 実際、少し時を下って安土桃山時代になると、遊びの精神が開花する。茶の湯の世界で重宝された「名物」を日本刀でも追求するようになり、人をあやめる武器だった刀は美術品に変わる。戦国武将のかぶとは、赤いおわんをひっくり返したもの(黒田官兵衛)、「愛」の字を掲げたもの(直江兼続)など、奇抜さや趣向を競い合うように。

 こうした遊びの精神が浮世絵を生んだ江戸時代を経て、今の日本に脈々と受け継がれていることは、世界を席巻する日本発の漫画やアニメが物語っていよう。


 博多にも江戸時代、鳥獣戯画に代表される遊びと自由の精神を大切にし、「そよ風のような」(中山総館長)禅画を描く僧がいた。

 仙厓義梵(1750~1837)。美濃(現在の岐阜県)に生まれ諸国を巡った後、日本最初の禅宗寺院、聖福寺(福岡市博多区)の住持を務めた。隠居後、市井の人々の求めに応じて書画を描いてやり、「仙厓さん」と親しまれた。

 仙厓の絵は鳥獣戯画と二つの類似点がある。まず、墨だけで描いたこと。次に下書きがないこと。即興で墨の濃淡のみで描くには、裏打ちされた技術が必要である。「どちらの絵も、作者の頭の中に人や物や動物の元々の形がきちんと入っている。だからすらすらと描けた」(中山総館長)

仙厓義梵
「指月布袋図」
(福岡市美術館蔵)

 仙厓の代表作の一つ「指月布袋図」は、「あの月が落ちたら誰にやろふかひ」と語る布袋様と、愛らしい子ども2人が空を見上げる構図。柔らかな曲線が見る者の心を和ませる。ただ、肝心の月は描かれず、左上にぽっかりと空白が…。

 月は仏の教え、悟りの象徴とされる。それは心で見るもの。「この絵を見た誰もが、画面の外にある月を心に思い浮かべる。それが仏の教えを知ることにつながる」と中山総館長。仏の教えや悟りを伝える「禅画」の究極形ではないか。

仙厓義梵「すす玉名人図」
(福岡市美術館蔵)

 さらに感覚的な絵が「すす玉名人図」である。大道芸人がジャグリングをする様子だが、小づち、ひょうたん、男びな、さらには鯛に鼠に猫にと、投げたい放題。これでは絶対にキャッチできないだろうし、する気もないのかもしれない。

 何と自由な絵だろうか。

 「元々は禅で言う『自他の合一』を意図した構図だが、そこすら突き抜けてしまうのが仙厓のすごさ」と中山総館長。人も動物も物も全てが一体になって、世界は成り立つ―。そんな思想すら浮かんでくる。

仙厓義梵「犬図」(福岡市美術館蔵)

 最後に、どこか哀愁を漂わせた犬が「きやふん」と鳴く「犬図」。輪郭が、それも顔ではなくて尻尾から一筆書きで描かれている。一体なぜ? どんな意図があるのだろう。フォルムを単純化して愛らしく見せるためか。考え込んでいると、中山総館長が笑った。

 「目の前で絵が出来上がるのを待っている人を、びっくりさせようとしたのでは。究極の遊び心です」

遊びをせんとや生まれけむ
戯れせんとや生まれけん

 鳥獣戯画と同時代に後白河法皇が編んだ歌謡集「梁塵秘抄」の一節である。そんなユーモラスな精神の到達点の一つが仙厓の禅画であり、鳥獣戯画なのかもしれない。(編集委員・鶴丸哲雄)

=(9月10日付西日本新聞朝刊に掲載)=

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