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「九州洋画Ⅱ:大地の力」展に寄せて【学芸員コラム】 第1回「菜の花の記憶」

2021/11/06 LINE はてなブックマーク facebook Twitter

 久留米市美術館では、開館5周年記念展「九州洋画Ⅱ:大地の力-Black Spirytus」を開催中です。多彩で魅力的な「九州の洋画」を支えた地域の特長や、世代をこえたつながりについて、あれこれと思いをめぐらせる展覧会です。

 久留米市美術館の方々から、数回にわたって紹介していただきます。

*****

久留米市美術館外観

 チラシや図録で言い足りなかったことを、何回か書かせていただきます。どうぞお付き合いください。初回は、筑後ゆかりの2作家の、菜の花にまつわるお話です。

 吉村益信といえば、破壊と創造を繰り返した現代アーティストとして知られています。過激な前衛集団「ネオ・ダダ」の中心人物というイメージが強く、今回展示している《菜の花畑》(1974)のような絵があるとは、正直なところ思っていませんでした。

吉村益信《菜の花畑》1974年 大分市美術館

 1970年の大阪万博での仕事に勢力を傾けた後、彼に残されたのは成果と達成、そして疲労と、やや不当な評価でした。その後、前線から一時ひいていた時期に、海を描いた「Cut Sea」シリーズと前後して、どこに出すでもなく《菜の花畑》は制作されたようです。

 それにしても、菜の花とは。山村暮鳥に「いちめんのなのはな」と繰り返す詩があるように、全国各地で見られる春の光景なのでしょうが、私たちには筑後川沿いの景観が親しく思い出されます。

 吉村益信は大分市に生まれました。年譜を見ると、人生で実に様々な芸術家たちと交錯しています。上京前に限っても、出産に立ち会ってくれた人が福田平八郎の乳母だった、とか、父親の肖像画を、地元の重鎮・権藤種男が描くのを見て感激したというエピソードが見られます。その父親を亡くした後、高校2年の時に河北倫明の本で読んだ青木繁の死の様子に衝撃を受けて、画家を志したのだそうです。

 吉村益信の父、益次は大分の大きな薬局の創業者でしたが、生まれは福岡県浮羽郡竹野村(現・久留米市田主丸町)で、開業前に実地経験を積んだのも久留米市内だったといいます。この絵は周囲に不思議な青い枠があり、菜の花畑の実景を描いたというよりも、いつか見た、心の中にしまわれた光景を映し出すスクリーンのようにも見えます。

 展示室には、もう1枚、菜の花畑の絵があります。うきは市出身の尾花成春の《黄色い風景》(1958)です。尾花成春は「九州派」の一員で、まさにその時期に制作された作品です。九州派らしく、廃品も含めた様々なものが練りこまれ、絵画であると同時に、物体としての質量も感じさせます。

尾花成春《黄色い風景》1958年 個人蔵

 この《黄色い風景》には、幼い頃、耳納連山にのぼった日の記憶がこめられているといいます。峠をのぼりきると、ばっと視界がひらけ、眼下に全面黄色の筑後平野が見えた時の感動。一面の菜の花と、そこに流れる筑後川は、画家にとって原風景ともいうべき光景だったのでしょう。

 作品を仔細に見ると、厚くもりあがった絵の具の間に、ごくごく小さな、今はすっかり色あせた花びらがありました。慎ましやかに。記憶のかけらのように。よければ、展示室で探してみてください。

 そして美術鑑賞のあとは、秋バラやコスモス、紅葉を愛でながらの庭園散策もお楽しみください。

(久留米市美術館 佐々木奈美子)

※第2回につづきます

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